ご挨拶
私は政治家になって以来、「日本と他のアジア諸国、より広くはアジア・太平洋諸国相互の間に、友愛の絆をつくりあげることはできないものか」と考えてきました。この地域では、ほかならぬ日本が多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えた後、70年以上が経った今もなお、真の和解が達成されたとは必ずしも考えられないからです。
そして総理時代、私は「東アジア共同体の創造」を新たな公の領域の開発や地域主権国家の確立と並ぶ国家目標の柱の1つに掲げ、内外に大きな反響を引き起こしました。しかし、短い在任期間中にその具体的な道筋をつけることができないまま辞任したため、ブームはしぼみました。その後の民主党政権下でも言葉だけは引き継がれましたが何もアクションはなく、逆に「日米同盟強化」の旗の下、アジア軽視ないし敵視する時代逆行的な方向がとられていることは誠に残念なことです。
2013年3月、26年間の政治活動から引退したことを契機に、自ら一般財団法人東アジア共同体研究所を興して理事長に就任いたしました。私の構想を夢物語で終わらせるのではなく、東アジア共同体への夢を将来につなぎ、アジア諸国の日本に対する信頼を蘇らせるには、私自身が責任を持って発言し行動していくことが最も重要であると考えたからです。
2014年4月、「東アジア共同体研究所 琉球・沖縄センター」を沖縄県那覇市に開所致しました。私は、沖縄の未来構築や基地問題に対する自分の責任を引き続き全うするという思いを、当研究所の政策研究提言や県民運動支援の活動を通じて実現していきたいと願ってきました。また、沖縄は地理的にも東アジアの中心に位置していますし、歴史的にも東アジアの様々な文化が融合してきた過去を有しています。東アジアの結節点である沖縄から共同体を構想することに大きな意義があると思っています。
私が希求する東アジア共同体構想の思想的源流をたどれば、それは正に私自身が大切にしている「友愛」思想に行き着きます。「友愛」は「博愛(fraternity)」と訳されることもありますが、自分の自由と自分の人格の尊厳を尊重すると同時に、他人の自由と他人の人格を尊重する考え方のことです。「自立と共生」の思想と言ってもよいでしょう。
友愛の世界と東アジア共同体の実現に向け、皆様のご理解とご協力を心からお願い申し上げます。
東アジア共同体とは?
欧州連合(EU)の源流を遡れば、激動の時代に汎ヨーロッパ主義を提唱したリヒャルト・クーデンホーフ・カレルギーの友愛思想に端を発しています。具体的な歩みは、1951年に設立された欧州石炭鉄鋼共同体から始まりました。それまで戦争やいがみ合いばかりしていたドイツとフランスが、二度と戦火を交えないようにするために作ったものです。今日、EUが様々な問題を抱えていることは事実です。しかし、欧州統合の動きを通じてヨーロッパが不戦共同体になったことの意義はどんなに高く評価しても足りないくらいです。
私は、友愛思想の下に東アジアで不戦共同体を実現したいと思っています。友愛思想は古くから中国の墨子の『兼愛思想』や孔子の『恕』や『仁』に見られますし、西洋よりも多様性を認める東洋思想の中に自然に存在しています。共同体はヨーロッパではできても、人種や宗教や政治体制や経済規模が異なるアジアでは無理だとの声も聞こえますが、私はそうは思いません。
東アジア共同体がEUのコピーである必要はありません。むしろ、東アジアの条件に即した道筋を考えるべきです。まずは相互尊重・相互理解・相互扶助の自立と共生の友愛精神の下に、日中韓などが東アジアに常設の議論の場を設けることです。そこでは経済、貿易、金融といった問題だけでなく、教育、文化、環境、エネルギー、そして防疫、医療、福祉、防災、さらには安保などあらゆる問題を議論します。そして、可能なところから共通のルールを作り、それを実行に移すによって徐々に協力を具体化・制度化させていく――。それが私のイメージです。テーマによっては「東アジア」にこだわらず、参加国を広げることもよいでしょう。
人と人との触れ合いを大事にする
私が「東アジア共同体構想を前進させる際に最も大事な鍵になる」と思っているのは、「人」です。日本製品がアジア諸国で普及しても、日本でアジア諸国からの輸入が増えても、それだけで相互理解が実現することはありません。「人と人との触れ合い」を通じてはじめて、我々は真にわかりあえます。その技術、道具を互いに学びあうことも大切です。こうして我々は、様々な協力を始めることができるのです。
課題解決能力をわかちあう
日本はアジアの多くの国々より一足先に「成長の先にある課題」に直面しています。これをユニークと言っていいかどうかわかりませんが、少子高齢化、都市化と過疎化の同時進行などが挙げられますが、我々は試行錯誤の末、このような課題に対処するための知識や経験を蓄積してきました。重要なことは、ほとんどすべての国が、こうした課題にやがて行きあたる、ということです。日本がこれまで蓄積してきた知見は、地域の国々が「成長の先にある課題」に取り組む際に、公共財的に使ってもらうことができます。一足先に苦労する、ということも、日本の力になります。だからこそ、私はこの日本が他のアジアの国々ともっと協力的になれば、お互いにウィンウィンの関係になれると信じています。