2023年8月16日
去る7月24日、日米の学者・研究者11名から成る「アジアの未来」研究会(共同座長:添谷芳秀慶 應義塾大学名誉教授、マイク・モチヅキ ジョージワシントン大学准教授)が『岐路に立つアジアの未来~平和と持続的な繁栄を実現するための日本の戦略』と題する報告書を発表した。[1] 研究会のメンバーには私も名を連ねている。4年半前に始まった本プロジェクトには、東アジア共同体研究所の鳩山由紀夫(友紀夫)理事長から多大な支援を頂いた。近年の日本では、パワー・ポリティクスに急傾斜した政府の方針と異なる〈中庸な〉外交安全保障戦略を追求する研究には支援が得られにくい。また、報告書の内容は11名のメンバーの意見の最大公約数であり、理事長の考えとは異なるものも含まれている。鳩山理事長の支援は二重の意味で寛大なものであった。AVP本号ではこの報告書を紹介する。
国家安全保障戦略への対案として
2022年12月16日に日本政府が閣議決定した国家安全保障戦略は、「民主主義 対 権威主義」という二極対立の世界観に立ち、「米国と組んで中国に対抗する」という一種の勢力均衡(バランシング)と「軍事力強化による対中抑止」というパワー・ポリティクス的な対策に大きな比重をかけている。所謂〈安全保障政策の大転換〉と言われるものだ。しかし、「アジアの未来」研究会のメンバーたちは、その大転換の先に待つものは「大国間競争の激化」と「アジアの分断」である、という強い危惧の念を抱いている。
国力の停滞傾向から抜け出せない日本が極端なパワー・ポリティクス志向に走れば、自力ではリソースが足りないため、米国への依存と従属を今以上に強めるしかない。その米国は、党派を超えて中国との対決という道を進みつつある。ベトナム戦争やイラク戦争を思い起こすまでもなく、米国は何度も〈国策〉を大きく間違えてきた。国内的な分断の進展に伴い、米国の外交安全保障政策が理性的で思慮深いものである可能性は今後ますます低下するだろう。日本が米国の戦略に盲従する結果、米中対立が制御を失って東アジアに戦争と経済的大混乱を招くことになれば、まさに〈悪夢のシナリオ〉である。また、大国間の地政学的な競争が激化すれば、気候変動問題を含む喫緊の超国家的な諸課題も放置される。人類は別の意味でも存亡の危機を迎えかねない。
以上のような問題意識に基づき、研究会のメンバーたちは「政府の国家安全保障戦略とは別の戦略を提示する必要がある」と考えた。そして、この報告書の作成に取り組んだのである。[2]
親米自立とミドルパワー外交
『岐路に立つアジアの未来』の特徴を示すキーワードの1つは、「親米自立」である。報告書は「健全な同盟関係とは、日本が単に米国の政策と意向に従うという関係ではなく、むしろ、日本が自信を持ってより対等に米国との戦略的対話に携わる関係のことである」と主張する。そして、「米国との安全保障協力を維持・推進しながらも、建設的な外交を通じてアジアにおける米中間の競争の緩和に寄与し、アジア地域で大国間の戦争が起こる危険性を軽減させるべく、指導力を発揮すべき」と説いた。米国の同盟国ではない国々との関係を軽視する現在の日本政府の外交姿勢についても明確に批判している。
報告書のもう1つのキーワードは「ミドルパワー外交」である。米中の大国間競争を緩和させたいと願うのはよいが、国力で大幅に劣る日本が単独で動いても限界がある。そこで重要となるのが、韓国・オーストラリア・ニュージーランド・インドおよび東南アジア諸国連合(ASEAN)といったアジア太平洋地域のミドルパワー諸国、さらには欧州のミドルパワー諸国との協力関係を発展させることだ。様々なミドルパワー連携を足場にして、日本は中国のみならず米国に対しても精力的に関与を行え、と報告書は勧めている。
政策提言の抜粋
報告書『岐路に立つアジアの未来』は、15の主要政策提言を行っている。本稿では、そこから10項目を抜粋し、〈私なりの解説〉を加えてみたい。[3] なお、当該10項目の冒頭に付された数字は、報告書の中で使われた番号と同じものを使ったため、番号が一部飛んでいることをお断りしておく。
1. ミドルパワー外交の推進にあたり、日本・オーストラリア・インド3カ国による「ミドルパワー連合」の促進を主導し、それによって日米豪印のQUADでのアジェンダ設定を牽引し、さらに韓国、ASEAN、その他のミドルパワー諸国との協力を強化する。
米中対立が激化する中、QUAD(日米豪印)には〈中国封じ込め〉のイメージがつきまとう。しかも、米国の力が突出しているために、QUADの運営は必然的に米国主導とならざるを得ない。日本が米中の橋渡し役を担うためには、豪印と「ミドルパワー連合」を組み、QUAD内での議論において影響力を強める必要がある。
アジアや欧州の大多数の国々は、「米国か中国のいずれかを選ぶ」ことを望んでいない。日本の追求するミドルパワー連携にASEAN諸国や欧州の中堅国を引き込むことができれば、日本の影響力は米国に対しても中国に対しても高まるはずだ。中でも最優先で取り組むべきは、日豪印韓による「ミドルパワー・クアッド」構想の推進である。
2. 「元徴用工問題」についての韓国政府の決断に応じ、 韓国との関係修復を進める。
日本と韓国は政治的価値を共有しており、経済や安全保障面で両国の利害は本来一致している。日本がミドルパワー外交を追求する際、アジアで最も重要なパートナーとなり得るのは韓国である。両国は米国との協力関係を維持しながら中国との関係を安定させ、オープンで包摂的な地域秩序づくりを促進すべきだ。そのためにも、2019年12月以来途絶えている日中韓3カ国首脳会談の定例開催を復活させることは極めて重要である。[4]
幸いなことに、近年悪化していた日韓関係は今年に入って改善基調を見せ始めている。だが、それは元徴用工問題等の歴史問題と両国の外交関係を切り離すという尹錫悦大統領の決断に負うところが大きい。日本側が「歴史問題で強硬路線を貫けば、韓国は最終的に折れてくる」という間違った認識を持てば、日韓関係は将来再び冬の時代を迎え、日本の国益と東アジア地域の安定を大きく損なう可能性が高い。歴史問題で両国間に最終的な和解を実現するため、日本政府の方も「日韓請求権協定で解決済み」という杓子定規の対応を見直し、柔軟かつ建設的な対応をとった方がよい。
4. 環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)への米国の復帰を促すとともに、正式に加盟申請している中国と台湾の同時加盟をめざした外交努力を重ねる。
先ごろ、英国のCPTPP加盟が正式に決まった。次の焦点は、2021年に加盟申請が行われた後、取り扱いが保留となっている中国と台湾の審査に移る。
我々は、中国の加盟を門前払いするのではなく、前向きに検討すべきである。加盟交渉のプロセスを通じて中国の国内制度の実態把握が進み、国有企業や知的財産権等の問題で改革が進めば、日本にとってメリットは大きい。もちろん、中国がCPTPPの求める基準を最終的に満たさなければ、加盟は認められない。中国の加盟を検討したからと言って、我々が何かを失うわけではない。
台湾については、「既にCPTPPの基準を満たしているのだから、早急に加盟を認めるべきだ」という声をよく耳にする。しかし、これは政治的現実を無視した主張だ。CPTPPへの新規加盟には全加盟国の賛成が必要だが、東南アジア諸国の幾つかは台湾の先行加盟に反対する構えを見せている。[5] 台湾のCPTPP加盟が実現するとしたら、2001年のWTO加盟の例に倣い、中台同時加盟の形式をとるしかない。[6] その際、台湾は国としてではなく、独立関税地域として加盟することになる。
CPTPPには米国も加盟することが望ましい。しかし、米国の国内事情を勘案すれば、近い将来それが実現する可能性は限りなくゼロに近い。米国にしてみれば、台湾と同時であろうがなかろうが、中国のCPTPP加盟は面白くない話だ。中国の加盟を認めないよう、日豪英などに働きかけてくることだろう。自立外交の覚悟を持たずして、日本が中台のCPTPP同時加盟に向けて動くということはあり得ない。
5. アジアインフラ投資銀行(AIIB)への加盟を視野に入れ、その適切なタイミングを探る。
日本では、AIIBに関して否定的な受け止めが大勢を占めている。しかし、開発援助の専門家の間では、「AIIBの投資プロジェクトの多くはアジア開発銀行(ADB)や世銀といった既存の国際開発金融機関との協調融資の形をとって実行され、健全で国際スタンダードに沿っている」という評価が少なくない。
「西側諸国は皆でAIIBに背を向けている」という先入観も誤りだ。AIIBには106の国・地域が加盟しており、韓国、豪州、インドのほか、ASEAN諸国も加盟済みである。G7の中でも、気がつけば未加盟は日米のみ。日本政府がAIIB加盟をタブー視するのは、自民党内の保守派と米国に対する忖度の影響が大きい。
提言は「(加盟の)適切なタイミングを探る」という控えめにものになっているが、個人的には、もっと積極的でもよいと思う。日本にはアジアにおける経済協力の長年の経験、それに伴うふんだんな専門知識の蓄積がある。日本がAIIBのメンバーとして、AIIBの堅実な業務運営と良質なインフラ開発投資を内側から確実に担保すれば、地域経済に対しても極めて大きな貢献となるだろう。
6. デジタル分野のルール作りに関して、インド太平洋経済枠組み(IPEF)での協力を進めつつ、デジタル経済パートナーシップ協定(DEPA)への加盟申請を検討する。
デジタル分野の国際ルール・規制作りに関する報告書の基本的立場は、①いかなる国の製品であれ、デジタル機器によって国家安全保障や個人情報保護が損なわれる事態は放置できない、②同時に、デジタル通信技術などを巡って排他的な国際ブロック化が極度に進むことは、経済合理性のうえで望ましくない、というものである。
2021年10月にバイデン大統領が構想を打ち上げ、2022年9月から日米など14ヶ国による交渉の始まったIPEFは7つの課題を取り扱うが、それには〈デジタル経済と技術標準〉も含まれる。アジア太平洋地域の主要経済パワーである日米印に加え、中国の経済的威圧に対してより脆弱な立場にある東南アジア諸国・韓国・オーストラリア等が経済安全保障の観点から政策調整を目指す枠組みはIPEF以外にない。日本がこれに参加することは当然であろう。
ただし、この枠組みだけでは、中国を疎外した米国主導のブロック形成につながりかねない。そこで注目すべきなのが、日本ではあまり話題に上がることのないDEPAだ。2020年6月、シンガポール、ニュージーランド、チリは、デジタル貿易やAIを含めた技術利用のルール・原則を規定するためにDEPAと呼ばれる協定を締結した。アジア太平洋地域の中小国によるボトムアップ形式の枠組みという点で、DEPAはTPP――その前身は2005年にブルネイ、シンガポール、ニュージーランド、チリが署名した「環太平洋戦略的経済連携協定」であった――を想起させる。本年6月には韓国のDEPA加盟が決まったほか、中国、カナダ、コスタリカ、ペルーも既に加盟申請している。日本としては、IPEFと並行してDEPAに加盟申請を行い、複数の枠組みでデジタル分野のルール作りを追求すべきである。
7. 効果が低くかつ副作用の大きい反撃能力に注力するのではなく、拒否的抑止を高める方向で専守防衛を一層強化・充実する。
ウクライナ戦争以降、我が国では「専守防衛では国を守れない」という声が急速に高まっている。しかし、それは間違いだ。日本の防衛力が抱える最大の問題は「専守防衛が穴だらけ」ということである。例えば、万一戦争になれば、自衛隊の弾薬は1-2週間程度で尽きてしまい、自衛隊機のほとんどはミサイル攻撃を受けて駐機場で破壊される、というお粗末な有り様だと言われている。仮に他国の領土を攻撃する能力を持ったところで、自国を守るための戦いを継続できなければ、日本の領土は〈攻められ放題〉となる。逆に、専守防衛がしっかりできていれば、日本攻撃にかかるコストとリスクを考え、相手はおいそれと手を出せない。日本の防衛政策の最優先課題は、航空・海上防衛能力の強化、非戦闘員の避難活動を行うための機動的防衛部隊の構築、自衛隊および在日米軍基地の抗堪性強化及び原状復帰能力の強化、燃料・弾薬備蓄の確保と兵站能力の向上、サイバーセキュリティ・宇宙・電磁攻撃に対する取り組みを進めることである。
一方で、岸田内閣が保有を決めた「反撃能力」は軍事的合理性が極めて低い。「反撃能力」とは、敵の領土をミサイルで攻撃する能力のことだ。日本では「相手のミサイル基地を叩くのが『反撃能力』である」と説明されてきたため、国民の多くは「『反撃能力』があれば日本に対するミサイル攻撃を阻止できる」と誤解している。現実には、移動するミサイル発射車両を日本からミサイルで破壊することは不可能だ。[7] 「反撃能力」の本当の標的は中国領内にある飛行場や港湾などの固定目標である。だが、自国領内をミサイル攻撃された中国は当然、ミサイルで日本に報復攻撃を加えてくる。ミサイルの撃ち合いになったら、ミサイルの数や射程で劣り、地勢の面でも脆弱な日本の方が明らかに不利だ。しかも、日本は最悪のシナリオとして中国による核攻撃を想定しておかなければならない。「日本が『反撃能力』を持てば、中国は怖じ気づいて抑止力が高まる」という議論は大部分眉唾であると言ってよい。その一方で、日本が「反撃能力」を強化すれば、地域の安全保障上のジレンマは確実に深刻化する。日本政府は頭を冷やし、「反撃能力」について今からでも大幅な見直しを行うべきである。
なお、報告書は「反撃能力」の保有に否定的だが、長距離ミサイルを開発・配備するという政府の方針は支持している。軍事技術の進展に伴い、敵が我が国の領土・領海・領空に入ってから迎撃するのでは日本を守りきれなくなってきた。来襲する敵部隊はできるだけ公海及びその上空で迎撃したい。そのためには、相手部隊の迎撃ミサイルよりも射程の長いスタンドオフ・ミサイルを持ち、航空機・艦船・車両等の多様なプラットフォームから運用できるようにすることが必要だ。それは「専守防衛」と何ら矛盾しない。
8. 北朝鮮に対して、拉致被害に関する再調査と連絡事務所の設置を促し、国交正常化交渉の再開を目指す。
2002年の日朝平壌宣言は日朝関係改善のための枠組みを提供したが、拉致問題「解決」の具体的進展は起きなかった。日本は先ず、拉致問題の「解決」とは何かを明確にしたうえで、拉致被害者および行方不明者等の状況を再調査し、正確な情報を提供することを北朝鮮に求めるべきである。その際には、北朝鮮の回答を検証するためにも日本連絡事務所の設置が必要になる。北朝鮮が一連の調査・検証作業に同意すれば、国交正常化交渉の開始、対北朝鮮制裁の段階的な緩和、ひいては北朝鮮の核・ミサイル・経済協力・在日朝鮮人の地位や日本人拉致に関する問題への包括的な解決へと向かう可能性が出てこよう。[8]
10. 1972年日中共同声明第三項の原点にたち、中台のどちら側にもよる一方的な現状変更に反対しつつ、台湾の独立を支持しないことを明確に表明する。
日米台がいかに軍事的な抑止力を強化しても、台湾が独立への動きを強めれば中国は武力行使に踏み切り、日本も戦争に巻き込まれる可能性が高まる。[9] 台湾に関する日本の政策目標は、中国と台湾が統一問題を平和的に解決できる日が来るまで、現状を維持することであるべきだ。そのために日本政府は、中台いずれの側による一方的な現状変更にも反対するとともに、台湾の独立を支持しないことを公式に表明し、中国への安心供与を行うことが不可欠である。これを突拍子もない政策などではない。バイデン政権も2022年10月に発表した国家安全保障戦略にその旨を明記している。
日本は専守防衛能力を継続的に強化する一方で、米国が主導する台湾防衛の軍事計画に組み込まれることには慎重であるべきだ。日本が国土防衛上の強靭性と継戦能力を向上させれば、中国が台湾へ軍事力を行使する場合のリスクとコストも間接的に高まる。しかし、日本が台湾防衛に直接関与する姿勢を強めれば、日中は安全保障のジレンマに陥り、結果的に台湾海峡をめぐる緊張をエスカレートさせるだろう。
11. 尖閣諸島をめぐり、現実的に日中間に問題が存在することを認め、島嶼をめぐる緊張を緩和・解消する方法について、中国と協議する。
中国公船(海警)による尖閣諸島の領海侵犯は、多くの場合、日本の漁船が尖閣諸島の領海に入ることに伴って発生している。[10] 日中双方が自国の領海と主張する海域で他国の公船や漁船の活動を黙認している現状は不安定極まりない。将来、中国が方針を変えて中国漁船に尖閣領海への立ち入りを認めるような事態が起きれば、日中間で衝突が発生する可能性は跳ね上がる。それがエスカレートすれば、日中間の軍事衝突に発展することもあり得ない話ではない。
尖閣諸島周辺の軍事化リスクを減らすため、日本政府は尖閣諸島を巡る緊張の緩和に向けて中国と協議すべきだ。このことは、2014年11月7日に両国政府が合意した4項目の了解の1つを実行に移すことだと考えてもよい。[11] その第3項において、双方は「尖閣諸島等東シナ海の海域において近年緊張状態が生じていることについて異なる見解を有している」と認識し、「対話と協議を通じて、情勢の悪化を防ぐとともに、危機管理メカニズムを構築し、不測の事態の発生を回避する」とした。尖閣諸島をめぐって領土問題が存在することを政府として公式に認めることができなくても、2014年の日中合意の線に立てば、協議は可能なはずである。
提言では、尖閣をめぐる緊張の具体的な緩和・解消方法にまでは踏み込んでいない。メンバー間の議論では、日中で島嶼部に生息するヤギの共同管理を行うアイデアも出された。ただし、日中が合意のうえであっても、両国が島に上陸して活動すれば、現地で不測の衝突が起きるかもしれない。私の個人的意見では、共同管理や共同開発は将来の課題と位置づけ、日中双方が尖閣の領海に漁船等を立ち入らせないという〈相互不入〉の取り決めから始める方が現実的であろう。
12. 核兵器保有国に対して「核兵器の先制不使用」を求め、国連の核兵器禁止条約にオブザーバーとして参加する。
今日の世界では、核兵器の使用を正当化する声が徐々に高まりつつある。ウクライナ戦争におけるプーチン大統領の威嚇はその際たる例だ。本年5月19日に採択された「核軍縮に関するG7首脳広島ビジョン」も、防衛目的や侵略を抑止するためであれば核兵器の使用が正当化される旨を明記してしまった。[12] こうした潮流を逆転させるために、日本政府は「核兵器保有国が『核兵器の先制不使用』の方針を採択することを求める」と公式に表明すべきである。通常兵器による軍事侵略を核兵器で抑止するという考え方は、その信憑性に欠けるだけでなく、核戦争の危険性を増加させ、核兵器保有国の核軍備増強を促進し、核拡散体制を弱体化させることにつながる。核兵器の目的は、核兵器またはその他の大量破壊兵器による攻撃に対する抑止に限定されなければならない。
加えて、日本は国連の核兵器禁止条約にオブザーバーとして参加すべきである。それによって、日本は核兵器保有国と非核兵器国との架け橋となり、核軍縮に向けた国際的リーダーシップを発揮することが可能になるだろう。「日本がオブザーバーになれば、米国の核抑止力が弱体化したり、核保有国と非核保有国の間の国際的な分断が引き起こされる」という反論は〈ためにする議論〉にすぎない。実際、ドイツは2022 年 6 月にウィーンで開催された核兵器禁止条約第 1 回締約国会議にオブザーバーとして出席している。
『岐路に立つアジアの未来』では、上記10項目のほか、次の5項目を主要な政策提言として示した。
3. スリランカの債務再編措置を策定する「スリランカ債権国会議」に中国が継続的に参加し、必要な情報開示および協力するよう働きかける。
9. 北朝鮮の非核化を実現するための段階的・現実的・漸進的・相互的なアプローチとして、先ずは北朝鮮の核兵器・ミサイル開発計画の凍結を目指す。
13. 国際公衆衛生分野における国境を越えた包括的な協力を奨励し、地政学的緊張・イデオロギーの相違・主権に関わる争いが及ぼす負の影響を軽減するよう努力する。
14. 気候変動危機の取り組みにおいて、中国との間で環境技術推進の協力および第三国市場における低炭素化インフラ開発の日中協力を推進する。
15. 人権および人間の安全保障に関しては、日本国内の人権状況を不断に改善する一方で、対外的にはイデオロギー的ではなく現地の実情に即した実践的で人道的なアプローチを推進し、アジア諸国からの幅広い支持と協力を広げる。
これら主要15項目に入らない提案や分析を含め、報告書には、今後の日本の外交安全保障戦略を議論するうえで我々が重要と考える指摘がいくつも埋め込まれている。ご一読のうえ、アジアの未来を議論する材料にして頂ければ幸いである。
[1] 日本語版:https://www.eaci.or.jp/wp-content/themes/EACI/resources/files/202307ja.pdf
英語版:https://www.eaci.or.jp/wp-content/themes/EACI/resources/files/202307en.pdf
[2] 研究会は当初、政府が国家安全保障戦略を閣議決定する前の発表を目指した。しかし、諸般の理由から遅れてしまい、2023年7月23日の発表となった。
[3] この種のプロジェクトでは、メンバー間で大なり小なり妥協が成立しながら最終的な文言が決まっていく。その過程で表現がわからにくくなる傾向はどうしても避けられない。また、この報告書は外交安全保障にある程度の知識がある人に読まれることを前提にしているため、一般の人が読んでスッと理解するのはむずかしいと思われる。本稿では、提言の趣旨を私流の解釈で明確化し、提言を理解するうえで手助けとなる情報を補足した。本稿の解説について他のプロジェクト・メンバーから了解を取り付けているわけではない。
[4] 来たる8月18日、米国で日米韓首脳会談を開催することが決まっている。これとのバランスを取るうえでも、日中韓首脳会談を再開させることの意義は益々高まっている。
[5] 例えば、マレーシア政府は「中台同時」交渉を主張することによって台湾の先行加盟に事実上反対の意向を示している。マレーシア、TPP中国支持明言 加盟交渉「台湾と同時に」:東京新聞 TOKYO Web (tokyo-np.co.jp)
[6] 中国は今日、いかなる形であっても台湾のCPTPP加盟に反対するという立場をとっている。しかし、中国寄りと見られるマレーシアは中台同時加盟に賛成を表明している。日豪英などにしても、将来中国のCPTPP加盟を容認するとしたら、中台同時加盟以外の選択肢は考えにくい。中国が中台同時加盟を最終的な〈落としどころ〉として受け入れる可能性は十分にあるとみてよい。
[7] 巡航ミサイルの速度はジェット機とあまり変わらない。日本から発射しても中国領内へ届くまでに1時間~数時間かかるため、その間に敵のミサイル車両は移動してしまう。このことを含め、反撃能力の問題点については以下を参照のこと。» 「敵基地攻撃能力」論議の真実 Alternative Viewpoint 第43号|一般財団法人 東アジア共同体研究所 (eaci.or.jp)
[8] 北朝鮮が前向きな姿勢を見せた場合に検討する対北朝鮮制裁の段階的緩和は、国連安保理決議に基づくものではなく、我が国が独自に課している制裁から始めることになる。
[9] 中台有事の際に米国が軍事介入に踏み切り、日本が在日米軍基地を提供する等の支援を行えば、中国は日本の領土(在日米軍基地を含む)に対してミサイル攻撃等を行う可能性が極めて高い。
[10] それに伴って海上保安庁も尖閣周辺の領海内に入るが、その監視対象は中国公船と日本漁船の双方である。日本漁船が許可なく上陸しようとすれば、海警の前に海保が阻止することになるだろう。
[11] 日中関係の改善に向けた話合い|外務省 (mofa.go.jp)
[12] 100506500.pdf (mofa.go.jp) これに対し、2022 年 11 月の G20 バリ宣言は「核兵器の使用又はその威嚇は許されない」と表明していた。残念ながら、広島はバリから大幅に後退したと指摘せざるを得ない。