2021年8月28日
バイデン政権は外交の柱の一つとして「中産階級のための外交政策(Foreign Policy for the Middle Class)」を掲げた。2021年2月4日にジョー・バイデンが大統領として初めて国務省で外交政策を語った演説、3月3日に発表された『暫定国家安全保障戦略指針』、4月28日に上下両院合同会議で行ったバイデンの施政方針演説は、いずれも「中産階級のための外交政策」または〈中産階級の強化拡大につながる外交〉の実行を誓っている。中国との競争を強調する姿勢をはじめ、TPP復帰に対する沈黙、アフガニスタンからの性急な撤退など、バイデン政権の主要な外交的意思決定の多くは「中産階級のための外交政策」とどこかで繋がっている。
本号では「中産階級のための外交政策」が生まれた背景、その内容や意味について考えてみたい。
トランプの登場と米外交エリートの危機感
周知のとおり、米国では大統領が閣僚クラスのほかに各省庁の上級管理職及び一般職の一部(上級管理職は総数の10%以内)まで約4千人を任命する「政治任用」の制度がある。[1] それを支えるのが「回転ドア(revolving door)と呼ばれる〈政府の省庁と民間の間を専門家が行き来する労働慣行〉だ。この場合の民間とは、企業、弁護士事務所、シンクタンク、大学など。国務省は特に政治任用の数が多い。
典型的な例として、バイデン政権で大統領副補佐官兼国家安全保障会議インド太平洋調整官を務めるカート・キャンベルの職歴を見てみよう。米海軍に入隊後、ハーバード大学准教授となったキャンベルは、クリントン政権で副国防次官補等を務める。その後は戦略国際問題研究所(CSIS)の上級副所長や新アメリカ安全保障センター(CNAS)のCEO等を務め、オバマ政権が誕生すると国務次官補になった。トランプ時代はThe Asia Group(コンサルティング会社)の会長兼CEOを務め、バイデン政権の誕生と共に現職に就いた。米国の外交エリートの多くはこのように回転ドアを行き来しながら所謂ワシントン・インサイダーとして生きている。
ところが、2016年の大統領選に勝利したドナルド・トランプの「治世」では様子が違った。反エスタブリッシュメントを標榜し、従来の米外交の基本原則を無視したトランプに対し、ヘリテージ財団を除いた多くのシンクタンクや大学に所属する外交専門家たちは異議を申し立て、「トランプ政権が誕生しても政権に参加しない」ことを表明した。しかし、トランプは(大方の予想に反して)ヒラリー・クリントンを破り、第45代米大統領となった。
トランプ時代にシンクタンク等から政権に入った専門家の数は激減した。親トランプに舵を切ったヘリテージ財団からでさえ、トランプ政権に入った者は10名程度にとどまった。[2] ワシントン・インサイダーたちは「未曽有の危機」を迎えた。政権への人材供給源としての地位を失い、政権の政策への影響力を失ったシンクタンクは寄付金集めにも苦労する。〈保守系シンクタンクの勇〉と言われて「外交政策イニシアチブ」も解散に追い込まれた。
トランプは大統領に就任後、大規模減税等によって米経済を拡大させるとともに、何があっても自分を支持する「岩盤支持層」をつくりあげた。コロナ禍が表面化する前までは、「トランプは2020年の大統領選で再選される」という見方が強かった。「回転ドア」の外側で待機している外交防衛分野の専門家たちは、トランプが再選されれば、「自分たちが次の4年間も政権に入れない」という以上に深刻な事態が起きるだろう、と危惧するに至った。[3]
トランプが大統領になるまで、第二次世界後の米外交防衛政策の基本的な部分――〈自由で開かれた国際秩序(Liberal International Order)の維持〉や〈同盟国との協調〉など――は誰が大統領になっても継続されてきた。民主党政権でも共和党政権でも、歴代大統領は主に穏健派から選ばれた。国務省や国防総省の枢要なポストにも穏健派エスタブリッシュメントに属する専門家集団が順番で就いたからだ。しかし、トランプは違った。ワシントン・インサイダーを排除し、中国はもちろん、同盟国に対しても関税を一方的に引き上げるなど、自らの〈ディール感覚〉で外交を行った。その結果、欧州の同盟国の一部は「米国離れ」を起こし始めた。[4] 多くの外交防衛の専門家たちは「トランプ政権が8年間続けば、トランプ後に民主党政権が誕生して同盟国に協力を呼びかけ、自由で開かれた国際秩序の再建を訴えたとしても、もはや多くの国がついてこない」ことを怖れた。
民主党大統領を誕生させるための政策を作れ!
トランプの台頭と民主党の退勢に危機感を抱いたのは、穏健派(Moderates)が支配する民主党指導部も同じである。
トランプが2016年の大統領選に勝利した決定的要因のひとつに、ラスト・ベルト諸州における白人労働者等、所謂「負け組」の不満の受け皿となったことがあった。トランプは、ヒラリーと民主党を〈大企業や多国籍企業などエスタブリッシュメントの代理人〉と位置付ける一方で、自分は〈中産階級や労働者の味方〉である、と説いた。少し長くなるが、2016年6月22日にトランプが行った演説を以下に引用する。[5]
この国が現在抱える問題を解決しようと思えば、そうした問題を作った(既存の)政治家に頼っても無駄だ。これまでに締結した多くの悲惨な貿易協定を是正しなければならない。今ある貿易協定の悲惨な仕組みを作ったのは、労働者の賃金をカットしたいと思う大口の政治献金者、すなわち、米国を退去してこの国の労働者を解雇し、他国で作った製品を米国に売りつける大企業だ。今ある貿易協定には、労働者にとって良いことなど何一つない。米国がこんな事態に陥ったのは、米国の中産階級にとって何が良いことかに焦点を当てる〈アメリカニズムの政策〉をやめて、富や雇用を海外に移転することのできる大企業がいかに儲けられるかに焦点を当てた〈グローバリズムの政策〉に転換したからだ。これまでの米国政府は海外に工場を移転させた会社に報いる一方で、国内でビジネスを続け米国人労働者を雇用し続ける会社を罰してきた。今日、米国はグローバリズムの大波によって、米国の中産階級とその雇用を根こそぎ奪われようとしている。我々はアメリカをもう一度豊かにしなければならない!
不動産王で大金持ちのトランプはが中産階級、労働者層に寄り添う姿勢を露骨なまでに示していることは実に興味深い。トランプの主張は格差と分断の拡大に不満と絶望を強める層に鋭く刺さり、無党派層と民主党支持層の票を民主党から奪った。しかも、民主党内ではバーニー・サンダース上院議員やアレクサンドリア・オカシオ=コルテス下院議員など進歩派(Progressives)が台頭していた。民主党指導部にとって、2020年の大統領選挙で穏健派の民主党候補を勝たせることは至上命題であった。
カーネギー平和財団の報告書
AVP第26号でも解説したように、バイデンを含めた民主党穏健派は〈トランプに対抗〉と〈党内リベラル派〉の双方に対抗するため、「中産階級」の重視を打ち出した。[6] そこで具体的な政策立案を担ったのは、穏健派の政策専門家たち(=回転ドアを通じた政権幹部予備軍)である。本来なら、中産階級のための政策は内政面が中心になる。だが、前述のとおり、トランプは米国の外交(通商)政策と絡めて民主党や米国の歴代政権を痛烈に批判していた。そこで外交専門家たちにも出番が回ってきたのである。
≪カーネギー報告書≫
トランプ政権が発足した2017年の末、在ワシントンのシンクタンクである「カーネギー国際平和財団」が〈中産階級と労働者階級のためになる外交政策はいかにあるべきか?〉」を探るためのタスク・フォースを発足させた。参加したメンバーは民主・共和両党の穏健派に属する専門家で、大半は政治任用で政府の役職を経験していた。タスク・フォースはコロラド、ネブラスカ、オハイオの3州で中産階級に属する市民にインタビューを実施し、外交政策に関する彼らの要望を徹底的に調べあげた。
その成果物が2020年9月に発表された『米外交を中産階級のためによりよく機能させる』という報告書であり、これがバイデン政権の「中産階級のための外交政策」の原型になった。[7] 11人の執筆者には、バイデン政権に幹部として入ったジェイク・サリバン(外交安全保障担当大統領補佐官)とサルマン・アーメッド(国務省政策企画室長)が含まれていた。サリバンはバイデンが副大統領時代に安全保障担当補佐官を務めており、バイデンとは〈距離〉が近い。バイデンが民主党内で行われた(報告書が発表される以前の)予備選段階から「中産階級のための外交政策」を唱えていたのも十分に頷ける。
≪否定された3つの外交方針≫
カーネギーの報告書は以下の3つの米外交政策を名指しし、〈中産階級の苦境を救うものではない〉と斬って捨てた。
第一は、冷戦後の歴代米国政権が行った「親ビジネス、親グローバリゼーション」の政策。潤ったのは富裕層と多国籍・大企業だけで、格差を極端に拡大させた。また、中国の不公正な貿易慣行は遅々として是正されず、サプライチェーンの中国依存を招いた、と糾弾した。
第二は、トランプの「アメリカ・ファースト」。関税引き上げの乱発は一部の製造業で中産階級や労働者層に利益をもたらしたが、中国やEUによる報復関税を招いて別の製造業や農業分野では中産階級から雇用と富を奪った。また、アメリカ・ファーストはトランプが重視しない政策テーマを犠牲にした。化石燃料に関わる産業を守るために気候変動への取り組みを後退させ、米国の労働者家庭を守ると称して移民や難民の受け入れを大幅に制限した。国防予算を大幅に増やす一方で対外援助やパンデミック対策費は削減した。これらはいずれも中長期的に米国の国力を損ない、中産階級に不利益をもたらす行為である、と批判した。
第三は、民主党進歩派が主張し、社会保障政策、産業政策、気候温暖化対策、非軍事・多国間外交を重視する「社会民主主義」的な政策。議会対策を考えれば、政治的に実現は困難であるが、その炭素社会の性急な実現や国防予算の削減が実行されれば、一部の中産階級を利する一方で、他の中産階級からは雇用を奪うことになる。また、米国が非軍事志向を強めれば、却って戦争を引き起こしかねない、と危ぶんだ。
中産階級のための外交政策
では、「中産階級のための外交政策」とはどんな政策なのだろうか? 以下に見ていこう。
≪「中産階級」と「外交政策」の定義≫
カーネギー報告書が念頭に置く「中産階級」とは、年収ベースで言えば、3人家族で4万8千ドル(約530万円)から14万5千ドル(約1,600万円)程度。経済的に自立し、車や家を購入でき、子供に高等教育を受けさせられる等の属性を持つ階層が想定されている。[8]
そして、ここで言う「外交政策」は、外交、防衛、通商といった伝統的定義に基づく外交政策よりも範囲が広い。米国民の経済的生活水準に大きな影響を与え、対外交渉を伴うような政策、例えば、対外直接投資、税制、移民問題、エネルギー政策、気候変動等も場合によっては外交政策とみなされる。今年2月、バイデン大統領は国務省で外交に関するスピーチを行い、次のように述べた。[9]
今や外交政策と内政の間に明確な区分は存在しない。米国政府が海外で何がしかの行動をとるに際しては、我々は米国内の労働者家族のことを必ず考慮に入れなければならない。中産階級のための外交政策を推進するためには、米国政府は国内の経済再生に喫緊の焦点を充てなければならない。
中産階級にグローバリゼーションの果実を享受させるためであれば、「米国救済計画」に見られる国内投資の拡大や競争政策の見直しでさえ「中産階級のための外交政策」と説明できる、ということだ。
≪中産階級の利益を「物差し」に≫
今年2月5日、サリバン国家安全保障担当大統領補佐官は次のように宣言した。[10]
米国の外交政策及び国家安全保障政策のすべては「その政策によって米国の労働者家庭の生活が改善され、より安全で生きやすいものになるか」という基本的な尺度によって査定されることになる。
サリバンの言う「米国の労働者家庭」とは中産階級を含んだ言葉だと思ってよい。〈生活の改善〉とは雇用増大と賃金上昇、〈安全〉とはテロや戦争から守られ、治安が保たれることを意味する。〈生きやすさ〉には単なる生活水準の確保のみならず、民主主義の保障や差別のない社会にすることが含意されている。
これらの中で最も重要視されるのは〈生活の改善〉である。したがって、「中産階級のための外交政策」を最も端的に説明すれば、〈米国の中産階級の雇用増大と賃金上昇に資する外交政策〉ということになる。そのような政策が(中産階級の〈下〉にあたる)労働者階級にも大概は恩恵をもたらすことは言うまでもない。
「中産階級のための外交政策」の教科書的な説明は以上で終わりだ。しかし、これだけで具体的なイメージの湧く人はほとんどいないに違いない。そこで、カーネギー報告書を参考にしながら、「中産階級のための外交政策」の一部をもう少しブレイクダウンしてみよう。
<経済重視>
〈米国の中産階級の雇用増大と賃金上昇に資する外交政策〉という意味で最もわかりやすい例としては、法人税の最低税率について15%を下限とする国際合意を強力に推進しようとしていることが挙げられる。米国の連邦法人税はトランプ時代に35%から21%まで下がった。それでも12.5%のアイルランドや17%のシンガポールなどに向け、米国企業の国外脱出は止まらない。そこで、国際的な法人税引き下げ競争に歯止めをかけて米国内に雇用を維持するというわけだ。バイデン政権はスイスなどタックスヘイブン(租税回避地)に対する国際的な規制にも取り組むものと思われる。
しかし、貿易や関税分野では「中産階級のための外交政策」の中身は曖昧だ。カーネギー報告書は2020年2月時点における世論調査を引用しながら「国際貿易が経済成長をもたらすことに米国民の79%は同意している」と述べている。穏健派の専門家たちの本音が〈グローバリゼーションの推進〉にあることは疑いない。そうであれば、「中産階級のための外交政策」を掲げるバイデン政権は、トランプが離脱したTPP(現在はCPTPP)に復帰したり、やはりトランプが一方的に引き上げた関税を撤廃したりしてもよさそうなものである。しかし、少なくともこれまでのところ、そうした動きは見えてこない。[11]
民主党内の進歩派筆頭格で中産階級や労働者階級の支持が厚いサンダースはTPP反対の急先鋒である。また、鉄鋼関税の引き上げは大統領選を左右するスイング州では評判がよい。鉄鋼業界に限ってみれば、トランプが2018年に関税を引き上げて以来、雇用は数千人増えている。[12] 米国全体の中産階級のためには貿易を自由化すべきであるが、民主党の党内事情や次期大統領選の選挙戦略のことを考えれば、バイデン政権の下で貿易自由化を具体化することはむずかしいということになりそうだ。
「中産階級のための外交政策」を策定した専門家たちは、グローバリゼーションの推進と中産階級の重視が矛盾しないための〈言い訳〉をちゃんと用意してはいる。グローバリゼーションが政治的に問題視されるのは、米国内に負け組が出てくるから。カーネギー報告書は〈政府主導で米国内への投資を増大し、米国の産業全般に競争力を持たせる〉と主張し、〈グローバリゼーションの推進によって米国の中産階級は勝ち組になれる〉というロジックを組み立てた。さすが、頭のいいインテリたちである。餅を作ることはできないが、絵に描くことは実にうまい。
<国防>
カーネギー報告書は、聞き取り調査を行った3州の中産階級の人々が〈米国民の生活が苦しくなっているのに米国が海外の紛争に軍事介入を続け、その国の国家建設にまで米国民の税金を使っている〉ことに極めて大きな不満と怒りを抱いていることを明らかにしている。「アメリカ・ファースト」を掲げたトランプがアフガニスタンからの米軍撤退を決め、バイデン政権がそれを引き継いだのもこうした声に従ったものであった。
「中産階級のための外交政策」に従えば、国防予算は現状維持か、削減されるにしても漸進的なものにとどまるものとみられる。[13] トランプ時代のような国防予算の大幅増額も、民主党進歩派が主張するような国防予算の大幅削減もない。コロナ禍の財政状況にあって、コロナ対策や経済対策、社会福祉政策、温暖化対策などを犠牲にして国防予算を増やすことはできない。だが同時に、カーネギー報告書は〈防衛産業と軍は地域に雇用と金を落としているため、当該地域の中産階級は国防予算の削減を欲していない〉と強調し、党内進歩派の主張に釘を刺している。
トランプ政権同様、バイデン政権も同盟国に防衛予算増を要求している。これも「中産階級のための外交政策」に合致した政策だ。[14] 「米国の中産階級のため」という尺度で考えれば、同盟国が防衛予算を増やして米軍の負担を少しでも減らし、米製武器を購入することは望ましいことである。同じ文脈から、国際的な軍事紛争が起きた際には日本を含む同盟国に対し、軍の派遣や資金拠出を積極的に行うよう、従来以上に強く要求してくると予想する。[15] 「同盟国との協働」という〈装飾語〉が付くだけで、この辺りはアメリカ・ファーストと同じだ。
<対中国>
トランプ政権以降、米国の政府・議会関係者や外交安全保障の専門家たちの間では、中国を米国の地政学的なライバルと捉え、中国が米国主導で作られた既存の国際秩序に挑戦する勢力とみなす考え方が主流となった。対中警戒感の高まりは一般的な米国民の間でも同様である。ギャラップ社が今年2月に「今日の米国にとって最も強力な敵はどこか?」と問うたところ、「中国」と答えた米国人の割合は1年前の22%から45%に跳ね上がった。[16] しかし、中産階級を含む一般国民の多くが最も懸念しているのは、中国の経済力の増大が自分たちの雇用や生活水準へ悪影響を及ぼすことだ。[17]
カーネギー報告書も〈調査した3州の中産階級の人々の関心は、中国の不公正な貿易慣行に対抗することや中国との経済的競争に勝つために米国内での投資を増やすことにある〉と指摘していた。[18] 外交専門家たちと一般国民の間に存在する対中脅威認識の微妙な温度差を承知したうえで、タスク・フォースは概略以下のような〈中産階級のためになる対中政策〉を提案した。
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外交分野
・コロナ後の世界経済回復の過程において中国の影響力拡大に対抗する
・デジタル分野で米国と同じ考えを持つ国々と連合を組む
・国家主導の産業政策に対応する政策を打ち出す
・対中依存を懸念する途上国に支援を差し伸べる -
国家安全保障分野
・中国がアジア太平洋地域を不安定化させないよう、健全な軍事予算を注ぎ込む
・防衛予算の一部は(中国・ロシア等を意識したサイバー・セキュリティなど)戦略的に重要な産業基盤と人員確保に振り向ける -
経済安全保障分野
・中国の不公正な貿易慣行と戦う
・米国のイノベーションと知的所有権を守る
・戦略的重要物資について中国由来のサプライチェーンを減らす
これだけを見ると、国防予算の増額ペースや途上国支援などを除き、トランプ時代の政策を継承しているという印象が強い。トランプもバイデンも中産階級の歓心を買うための外交政策を競い合っているのだから、それも当然ではあろう。
おわりに
「中産階級のための外交政策」という言葉を初めて耳にしたとき、私は〈民主党的なリベラルさ〉を感じるとともに、何か〈木に竹を接いだような違和感〉を持った。それが何だったのか、今はわかったような気がする。
「中産階級のための外交政策」の本質は、バイデンや民主党執行部が大統領選で党内の予備選及び本選を戦って勝つためのスローガンである。「中産階級のための外交政策」がカーネギー報告書の否定した3つの外交アプローチの〈いいとこ取り〉を狙っていることは間違いない。格差を拡大することなくグローバリゼーションの果実を享受する、すべての中産階級の利益になる政策を行う、というのだから、「良い政策」に聞こえるのも当然だ。選挙用のスローガンとしては及第点を与えてもよい。
しかし、政権に就いてから外交政策を実現する段になるや、「中産階級のための外交政策」は大きな問題に直面する。サリバンは「中産階級のため」という〈物差し〉で外交政策の是非を判断すると述べた。しかし、中産階級と言っても働き口、住んでいる場所、人種、宗教までバラバラだ。トランプのアメリカ・ファーストはラスト・ベルトのスイング州の中産階級に焦点を絞った。だから、賛否はともかくわかりやすい。一方で、バイデンは誰に焦点を当てるのか、はっきりさせていない。だから、「中産階級のための外交政策」からどんな具体的政策が出てくるか、イメージしにくい。この状況は今後も続くと思われる。
[1] 政治任用されるポストのうち、1,200は上院で承認されなければならない。
[2] JIIA AMERICA 2018_COVER for view.indd
[3] 現職大統領が再選されて政権が8年続くことは決して珍しくない。第二次世界大戦後、同一政党が最も長期間政権を担当したのは、共和党のレーガン(2期)・ブッシュ父(1期)時代の12年間である。
[4] 念のために言い添えると、欧州諸国はオバマ政権下の米国に対しても信頼感を失いつつあった。だが、そのオバマと比べてもトランプの同盟軽視は度を過ごしていた。
[5] Donald Trump Criticizes Hillary Clinton on Foreign Policy | Time 紙幅の都合と繋がりをよくするため、翻訳は一部省略・意訳している。
[6] https://www.eaci.or.jp/archives/avp/449
[8] https://www.eaci.or.jp/archives/avp/449
[9] Remarks by President Biden on America’s Place in the World | The White House
[11] バイデン政権とEUは鉄鋼・アルミ関税の追加引き上げを控えることで合意し、年内に何らかの着地点を見出すよう交渉中である。しかし、トランプによる引き上げ前の状態に戻せるかは予断を許さない。ちなみに、日本はEUのように報復関税を課していないため、日米間の着地は米欧交渉次第となる可能性が高い。
[12] Can Biden’s foreign policy really deliver for the middle class? – POLITICO
[13] カーネギー報告書は、国防予算は長期的かつ漸進的に減らす一方で、サイバー・セキュリティ等広義の国家安全保障分野で予算を増額すべきだと主張している。
[14] 岸防衛大臣をはじめとするタカ派の防衛族は米国の要求に勢いづき、GDP比1%枠にとらわれずに防衛費を増やすのだとラッパを吹きはじめた。
[15] 今年8月下旬に日本政府がアフガニスタンへの自衛隊機を派遣することにしたのも、米国政府の要請を受けてのことと言われている。アフガン 米が日本に自衛隊派遣協力要請 米民間人の退避に向けて (fnn.jp)
[16] https://news.gallup.com/poll/337457/new-high-perceptions-china-greatest-enemy.aspx ただし、この数字は「敵」の深刻度を考慮したものではないことには注意が必要である。2018年に行われた同調査では、51%が「北朝鮮」と答えていた。だが、米国人の過半数が「北朝鮮と一戦交えなければならない」と思っていたわけでは決していない。
[17] 上述のギャラップ社の調査によれば、中国の経済力を「重大な脅威」とみなした米国民割合は63%に達し、2年前よりも17%増加している。また、今年3月に行われたピュー・リサーチの調査では、米国民の89%が中国を競争者または敵と捉えていた。ただし、その際の関心領域としては「中国の人権問題」を挙げた者が20%、「中国経済」とした者が19%だった一方で、「(安全保障上の)脅威」と答えたものは13%であった。(Most Americans Support Tough Stance Toward China on Human Rights, Economic Issues | Pew Research Center)
[18] 客観的な事実関係を言えば、2000年から2010年までの期間――中国は2001年12月にWTOに加盟している――に失われた米国の雇用のうち、85%は米国企業がオートメーションを進めたためだと立証されている。(https://www.theatlantic.com/ideas/archive/2021/05/biden-foreign-policy-america-first-middle-class/618999/) 米中貿易の増加や米国企業の対中進出による雇用創出は政治的に過大に演出されてきたと言える。