Alternative Viewpoint 第23号
2021年6月26日
バラク・オバマは大統領退任に伴う引継ぎの際、「北朝鮮問題が最も切迫した課題になる」とドナルド・トランプへ警告したと言われる。果たして、トランプ政権前半の約2年間、金正恩総書記の下で北朝鮮は核実験や長距離ミサイル発射を繰り返し、トランプの方も「最大限の圧力」という名の戦略で緊張をどんどんエスカレートさせた。米朝関係は米外交で最もスポットライトの当たる場所にあり、毎日が文字通り〈ショーの連続〉であった。
その後、2019年2月のハノイ会談が双方にとって不首尾に終わって以降、北朝鮮問題は米外交の表舞台から去った。北朝鮮問題に取って代わった外交課題が中国であったことは言うまでもない。この流れは、ジョー・バイデンが今年1月20日に米国大統領に就任してからも続いている。
とは言え、米国のみならず日本にとっても、北朝鮮問題は何一つ解決したわけではない。バイデン政権は今年4月に北朝鮮政策のレビューを終了した。それを受け、米朝双方が前哨戦とも言うべき言葉の応酬を始めたのが最近の情勢である。我々もバイデン政権のレビューを点検し、米朝双方の動きに目配りをしておいた方がよい。
AVPでは、本号と次号でバイデン政権の北朝鮮政策の評価を試みようと思う。初回となる本号は、「そもそも米国政府の北朝鮮政策にはどのような選択肢があるのか?」について議論する。バイデン政権のレビューをよりよく理解するための〈回り道〉と思ってお読みいただきたい。
今日、米国政府がとり得る対北朝鮮戦略には、以下の4つの選択肢がある。最初にネタばらしをすれば、4番目に述べる〈長期にわたる「段階的」非核化〉というアプローチがバイデン政権のレビューに最も近い。順次見ていこう。
1. 外科手術的な軍事攻撃
ブッシュ大統領がフセインのイラクに対して行ったように、戦争によって北朝鮮問題を解決しようとする選択肢。軍事オプションは概念上、金王朝をも転覆させる「全面戦争型」と北朝鮮の核・ミサイル施設に標的を絞った「外科手術型」に分かれる。[1] しかし、全面戦争型は日米韓の被害想定が大きすぎるため、軍事オプションの検討と言う場合は、「外科手術型」を指すのが一般的である。
軍事的手段による解決は直感的に最もわかりやすいものだ。しかし、その最大の難点は、米側は核・ミサイル施設だけを破壊して終わらせるつもりでも、北朝鮮が反撃してくれば「全面戦争型」と変わらない結果を招き、米軍と日韓に甚大な被害が出ることを想定しなければならないこと。勝敗だけであれば、米軍が圧勝することは間違いない。しかし、緒戦段階で北朝鮮はDMZ(軍事境界線)付近に配備した火砲によってソウルを文字通り火の海にできる。1994年、クリントン政権は北朝鮮の核施設に対する外科手術的な先制攻撃を準備した。その時に米側が立てた想定によれば、北朝鮮が米軍の攻撃を「全面戦争」と受け止めて反撃に出れば、米韓両軍だけで50万人を超える被害が出ると見積もっていた。[2]
加えて近年は(在日米軍基地等を含む)日本がミサイル攻撃されるシナリオにも現実味が出てきた。[3] ミサイル防衛(MD)も完全ではない。特に(一時に何発もミサイルを発射する)飽和攻撃をかけられたら迎撃ミサイルが尽きてしまい、お手上げとなる。米軍が北朝鮮のミサイル部隊――多くは移動式である――を先に叩くと言っても、標的の位置情報が事前にはわからない。日本に着弾したミサイルが核弾頭を搭載していれば、身の毛もよだつ被害を受ける。[4] もちろん、北朝鮮の大陸間弾道弾(ICBM)開発がさらに進めば、将来的には米本土が核ミサイル攻撃を受ける可能性も否定できない。
専門家の間には、米国が外科手術的攻撃に前後して「攻撃目標は核・ミサイル施設に限定され、北朝鮮の体制は維持される」と宣言し、「北朝鮮が反撃を控えれば米軍は攻撃対象を拡大しない」と明確に伝えれば、北朝鮮による反撃とエスカレーションを防ぐことは可能だ、という意見もある。しかし、北朝鮮指導部にとって、核・ミサイル能力を失うことは、対米抑止力の観点からも金王朝支配の正当性維持の観点からも、体制維持が根底から危うくなることを意味する。体制保証を約束する米側の言葉を聞いて北朝鮮側が安堵し、おとなしくやりすごすことを選ぶとは限らない。何よりも、当てがはずれた時にこちら側が被る損害が大きすぎる。北朝鮮の方が暴発しない限り、米側が軍事オプションを採用する可能性は極めて低い。
2. 放置(+抑止)
北朝鮮は既に30~40発の核弾頭を保有し、在日・在韓米軍基地や日韓を射程に収めるミサイルに搭載可能な状況にある。米本土が核攻撃されるリスクもゼロではない。クリントン政権の時ならいざ知らず、〈軍事オプション〉はもう完全に非現実的となった。北朝鮮と交渉したところで、歴代米政権と同じく騙されるのがオチだろう。だとすれば、この問題はもはや「放っておく」しかない――。公には発言しなくてもこう考える専門家は案外少なくない。そのロジックを以下に紹介する。
北朝鮮が核・ミサイル開発を続けるのは不快なことだ。しかし、北の核戦力は所詮、「張り子の虎」である。北朝鮮が核兵器を実際に使えば、米国は核攻撃で報復し、金王朝は確実に滅びるだろう。北朝鮮指導部はそのことを十分に理解している。したがって、自国が攻撃されない限り、北朝鮮の方から先に核攻撃を仕掛けることはありえない。米国としては核戦力の近代化に努め、抑止力を確保しておけばよいのである。制裁を解除してやる理由もない。
米本土が核ミサイルの射程に入るという事態になったとしても、北朝鮮が初めてというわけではない。ロシア(ソ連)は言うに及ばず、中国も米本土を核ミサイルの射程に入れている。北朝鮮指導部は自らの体制を守ることが最優先であるため、上述のように抑止の論理は極めてよく働くはずである。北朝鮮のICBMだけを特別扱いにし、大騒ぎする必要はない。
「放置」論者は上記のように考え、外科手術型攻撃で下手なリスクを冒したり、北朝鮮との交渉で無駄な時間とエネルギーを浪費したりすることは下策であると主張する。合理的と言えば、これほど合理的な考え方もないだろう。
ただし、「放置」という選択肢をとれば、「北朝鮮の非核化」という目標は放棄することになる。それは事実上、北朝鮮を核保有国と認定することを意味する。同盟国(日韓)から苦情が出ることは避けられない。国際的にも核不拡散体制を空洞化させるものと批判が出よう。米国内でも政敵に攻撃材料を与える可能性が強い。「放置」という選択肢を採用するうえで最大のネックとなるのは、「政治的に正しくない(politically incorrect)」ことである。
3. 強力な圧力による「完全かつ早期の」非核化
ここから紹介する2つの選択肢は、外交交渉を重視するアプローチである。オバマ政権で国務省対北朝鮮・イラン制裁調整官と不拡散軍縮担当特別顧問を務めたロバート・アインホーン(現・ブルッキングス研究所研究員)の議論を参考にして説明しよう。[5]
外交交渉を基本とするアプローチの第一は、北朝鮮に容赦なく圧力――経済制裁や軍事的圧迫等――をかける一方で交渉を呼びかけ、北朝鮮に非核化を迫ろうというもの。トランプ政権の前半(2016~2017年)に行われた「最大限の圧力」の第2弾と言ってよい。そのロジックは以下のとおりだ。
金正恩をはじめとする北朝鮮指導部は、自らの体制を存続させるためには核兵器の存在が不可欠だと考えている。したがって、非核化を実現するためには、経済制裁と軍事的圧力を徹底的に仕掛けて北朝鮮指導部の〈戦略的な計算式〉を変えさせ、「核兵器を保有している方が体制の存続は危うくなる」と思わせる必要がある。そして、北朝鮮指導部を変心させるためには、「最大限の圧力」第2弾は第1弾を超える強烈なものでなければならない。例えば、ブッシュ・ジュニア政権で国務省次官特別補佐官だったエヴァンス・リヴィアなどは、北朝鮮の在外公館や海外の貿易会社の閉鎖、米韓日による頻繁な軍事演習、瀬取り(洋上における禁輸物資の積み替え)の取り締まり強化、国連制裁破りの中国企業に対する金融制裁、果ては北朝鮮の電力設備等への破壊活動までやるべきだと主張している。
こうした「最大限の圧力+交渉」論者の胸中には、「現在以上に北朝鮮の核・ミサイル開発が進めば、米朝が軍事衝突した時に米本土が核攻撃を受けるシナリオの現実味が増す。圧力によって非核化が可能だとすれば、今が最後のチャンスだ」という思いが強い。また、北朝鮮が昨年の台風被害やコロナ禍で弱っている今こそ、圧力が最も効くはずだ、という計算も働いている模様である。
だが、この選択肢にも難点はある。最大の問題は、トランプ時代前半に実行された「最大限の圧力」と同じかそれ以上の圧力を現時点で北朝鮮に加えようとしても、あまり現実的でないこと。トランプの時は、「トランプ自身が何をやらかすかわからない」状況があったことに加え、北朝鮮の挑発行為も度を越していた。そのため、中国やロシアも(少なくともある程度は)米国に協力せざるを得なくなり、両国も北朝鮮を締めあげた。ところが現在、情勢は様変わりした。米中・米ロ関係はかつて以上に対立の度を強めている一方で、中朝関係はひと頃よりも改善の兆候がはっきり見られる。[6] しかも、北朝鮮は今日、核実験やICBMの発射実験を繰り返しているわけではない。米国から北朝鮮に強力な圧力を加えるよう求められても、習近平やプーチンがおいそれと応じることはないだろう。韓国の文在寅政権も北朝鮮への圧力にはますます消極的になっている。米国だけでは――仮に日本が全面協力したとしても――トランプの時の「最大限の圧力」と同程度の圧力をかけることすら、むずかしい。
仮に「最大限の圧力」第2弾を実行したとしても、北朝鮮が「最大限の圧力+交渉」論者の言うところの〈戦略的な計算式〉を変える保証はない。トランプの時も結局はうまくいかなかった。それほどに北朝鮮指導部の「核信仰」は根強いのだ。
「最大限の圧力」を加えた結果、北朝鮮が暴発して米朝が戦争に至る可能性も無視できない。2018年初頭までの1年くらいの間、米朝が瀬戸際政策の応酬を繰り返した時もそうだった。[7] 強力な圧力をかけながら非核化交渉をしかけるというアプローチは、まかり間違えば軍事オプションと同じ結末を招くものなのである。
4. 長期にわたる「段階的」非核化
もう一つの外交的アプローチは、「完全な非核化」という最終的な目標を維持しながら、その第一段階として北朝鮮の核及びミサイル能力を制限することをめざして外交交渉を行うというものだ。3番目のアプローチのように圧力を限界まで強めることはない。ただし、交渉が妥結するまで、現時点で北朝鮮に加えている圧力(経済制裁など)を緩めるわけでもなさそうだ。
「段階的な非核化」を唱える論者たちは、「最大限の圧力+交渉」というアプローチを採用しても北朝鮮が一足飛びに「完全な非核化」に応じることはない、と考えている。さらに、「完全な非核化」という百点満点しか認めない、という方針に固執すれば、北朝鮮の核・ミサイル能力を目先多少なりとも制限できるチャンスが失われてしまうことを強く懸念している。
2019年にハノイで行われた米朝首脳会談において金正恩は「米国が国連安保理決議による制裁の大半を解除するのと引き換えに寧辺の核施設を閉鎖する」と申し出た。対するトランプは北朝鮮が大量破壊兵器とミサイルを全廃することを求め、会談が決裂したことは記憶に新しい。金正恩がハノイで要求したような大規模な譲歩には応じず、さりとてトランプが望んだような完全な核廃棄も求めず、〈ほどほど〉の譲歩で〈そこそこ〉の制限をとりつけようとするのが「段階的な非核化」のアプローチだと思えばよい。
≪めざすべき成果≫
完全な非核化との第一段階として〈北朝鮮の核・ミサイル能力の制限をめざす〉という時、米国の核問題専門家は何を重要視しているのだろうか? 例えば、以下のような項目が考えられる。
〇寧辺の核施設の閉鎖
寧辺の核施設が閉鎖されれば、(寧辺で製造されている)核兵器の材料となるプルトニウムや高濃縮ウラン、核爆発力を高めるために使うトリチウム・ガスも製造できなくなる。[8] 国際原子力機関(IAEA)による査察も比較的容易である。ブルッキングス研究所のマイケル・オハンロンなどは、北朝鮮の核戦力の増大と近代化を妨げようと思えば、北朝鮮が既に保有している核弾頭に手を付けなくても新規の核弾頭の製造を止めることができれば十分に意味がある、と主張している。[9]
〇北朝鮮全土における濃縮及び再処理の停止
北朝鮮が寧辺以外にも未申告の核施設を密かに保有していることは半ば常識である。北朝鮮がそのすべてを申告して廃棄に同意し、査察も受け入れればベストだが、それは無理であろう。そこで次善の策として、北朝鮮全土で濃縮及び再処理をすべて停止することを求める。査察の問題を含め、交渉は難航が予想される。
〇核実験と長距離ミサイル発射実験停止の協定化
2018年4月以来、北朝鮮は核実験と長距離ミサイル発射実験を一時中断(モラトリアム)している。ただし、それはあくまで北朝鮮の自主的な措置に過ぎないため、条約や協定によって〈縛り〉を強め、永続化させたいところだ。実効性を考慮すれば、豊渓里(プンゲリ)の核実験場と西海(ソヘ)衛星発射場の解体が鍵を握る。[10] また、禁止すべきミサイル実験の内容――巡航ミサイル、長距離以外、多弾頭化、極超音速システムを含めるか等――も詰める必要がある。
なお、言うまでもないことだが、ICBMだけを禁止しても日本に対するミサイル攻撃の脅威は減らない。
〇核・ミサイル及び関連技術の輸出禁止
北朝鮮の核・ミサイル技術がイラン等やテロリスト・グループに渡れば、世界の不安定化につながることは言うまでもない。北朝鮮から外貨獲得手段をはく奪するという側面もある。
≪見返りの候補≫
北朝鮮の核・ミサイル能力の制約に関して上記の成果を獲得できるとすれば、米国の方は見返りとして北朝鮮に何を与えられるのか? アインホーンは以下のような項目を例示している。
〇朝鮮戦争の終結宣言
〇恒久的平和条約の締結に向けた交渉開始
〇ワシントンと平壌への連絡事務所設置
〇米韓合同演習の制限
〇北朝鮮に対する人道的支援
〇新たな制裁――米単独及び国連によるもの――を科さないという約束
〇南北プロジェクト推進に関わる制裁の解除
〇国連制裁の一部の時限的停止(国連安保理決議によって既存の制裁停止措置を定期的に延長する形にする)
ここで示したのは米側の〈言い値〉である。したたかな交渉を行うことで知られる北朝鮮を相手に、米側の〈言い値〉が通じるとは限らない。もっと言えば、北朝鮮が「外交交渉による段階的非核化」のアプローチに乗ってくるかどうかも未知数だ。はっきりしているのは、交渉の前段階でも交渉が始まった後でも、米朝間で熾烈な駆け引きが繰り広げられるということのみである。
最後に言っておくべきことがある。「外交交渉による段階的非核化」というアプローチを支持する者たちの多くは、北朝鮮の「完全な非核化」が実現可能だとは考えていない、ということだ。本気で「完全な非核化」を実現しようとする者も少数にとどまっている。しかし、既に述べたとおり、「完全な非核化」という目標を公式に放棄すれば、政治的・外交的なコストが高くつく。「完全な非核化」という目標は〈建前〉として今後も語られ続けることとなろう。
以上、本号では米国政府がとり得る北朝鮮戦略の4つの選択肢を検討した。これを踏まえ、次号ではバイデン政権が4月にレビューを終了した北朝鮮政策の解説と評価を試みたい。
[1] 患部を切除することに見立てて「外科手術」という言葉が慣習的に使われている。
[2] 94年北朝鮮危機、日本に伝えた開戦準備 米元長官語る:朝日新聞デジタル (asahi.com)
[3] 昨年の防衛白書はようやく、北朝鮮が「弾道ミサイルに搭載するための核兵器の小型化・弾道化を既に実現しているとみられる」と認めた。
[4] 私はこの件について政府関係者と議論したことがある。相手は「日本を核攻撃すれば米国は北朝鮮に報復核攻撃する。そうなれば北朝鮮は終わりです。体制存続を至上命題とする北朝鮮はそんなことをしません」と述べた。私は「一旦米朝間で戦闘が始まってエスカレートし始めれば、敗戦=体制崩壊を何としても避けたい北朝鮮指導部が『米軍による対北朝鮮攻撃の中心となる在日米軍基地を確実に叩くべきだ』と考え、日本への核ミサイル攻撃を命令する可能性は決して小さくないのではないか?」と返した。相手は反論せず、「そうですかねぇ」と不満げに呟くだけだった。事程左様に、日本という国は「都合の悪いこと」を考えたくない国なのである。
[5] The key choices now facing the Biden administration on North Korea (brookings.edu)
[6] 王毅中国外相が援助約束…国連の対北朝鮮制裁、中国が裏口開くか | Joongang Ilbo | 中央日報 (joins.com)
[7] We are sleepwalking toward war with North Korea – Vox 当時、ほとんどの日本人は米朝軍事衝突のリスク――それは日本が(核)ミサイル攻撃を受けるリスクでもあった――を意識することなく、対岸の火事を眺めるような気分でワイドショーに見入っていた。
[8] 【図解・国際】北朝鮮・寧辺の核施設(2019年9月):時事ドットコム (jiji.com)
[9] Biden administration needs to get real on North Korea (brookings.edu)
[10] 【図解・国際】北朝鮮・豊渓里の核実験場(2019年10月):時事ドットコム (jiji.com) 西海衛星発射場は日本では東倉里(トンチャンニ)ミサイル発射場と呼ばれることの方が多い。参考:北朝鮮が「非常に重要な実験」、西海衛星発射場で KCNA 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News