2021年3月19日
昨年の夏、Alternative Viewpoint では「米中対立時代の安全保障論議」という4回シリーズの特集を組み、第8号「その2.米軍の新戦略がもたらす激震」(8月22日付)と第9号「その3.米国の対中軍事戦略と日本」で東アジア・西太平洋地域においてミサイル配備を強化しようとする米軍の新戦略と日本への影響について解説した。[i]
あれから約7ヶ月が経った。その間に米国では、昨年11月の米大統領選挙を経てバイデン政権が誕生した。バイデンはトランプから「対中弱腰」のレッテルを貼られていたが、大統領就任後に中国とは「熾烈な競争」になると明言。同時に、同盟国・日本に対しては対中戦線で明確に〈米側につく〉ことを求める姿勢がはっきりしてきた。[ii]
トランプ政権下では、コロナ禍によって日米官僚間の接触が妨げられたうえ、トランプ自身が在日米軍駐留経費など〈矮小な問題〉の協議を優先させたため、在日米軍へのミサイル配備に関する日米協議はあまり進まなかった。しかし、バイデン政権ではオバマ政権以前の「日本の外務・防衛官僚との協議に慣れた」官僚たちが戻ってきた。ワクチン接種によって外交的な接触も回復するだろう。今後は、地上発射式ミサイルの日本配備に関する協議が米国ペースで加速する可能性が出てきた。
3月15日にブリンケン国務長官とオースチン国防長官が来日して行われた日米2+2の共同記者発表文書には、「一層深刻化する地域の安全保障環境を認識し、閣僚は、日米同盟の役割・任務・能力について協議することによって、安全保障政策を整合させ、全ての領域を横断する防衛協力を深化させ、そして、拡大抑止を強化するため緊密な連携を向上させることに改めてコミットした」という文言が入った。地上発射式長射程ミサイルの日本配備に向け、協議の布石が打たれたと見るべきだろう。
AVPではこのタイミングでもう一度、米軍のミサイル配備問題を特集することにした。4回シリーズの予定で、①東アジアの現状と展望、②米中ミサイル軍縮の困難性、③日本の置かれたポジション、④日本のとるべき選択肢、というテーマを取り扱う。シリーズ第1回となる本号では、東アジア・西太平洋地域におけるミサイル配備の現状を〈おさらい〉するとともに、近未来のミサイル情勢を見通しておきたい。AVP 第8号のアップデート及び補足という位置づけで読んでいただければ幸いである。
「1250対0」~ 地上発射式長射程ミサイルの現状
1987年12月、ロナルド・レーガン米大統領とミハイル・ゴルバチョフ ソ連共産党書記長は「中射程及び短射程ミサイルを廃棄する米合衆国とソ連邦の条約」(英語表記の通称はIntermediate-Range Nuclear Forces Treaty。以下、本稿ではINF条約と表記する)を締結する。これによって米ソは射程500~5,500㎞の核弾頭及び通常弾頭を搭載する地上発射式の弾道ミサイル及び巡航ミサイルの保有を禁じられることになった。[iii] それ以降、米軍は上記射程の地上発射式ミサイルについて開発・配備を取りやめた。東アジア・西太平洋地域も例外ではない。今日、米国が東アジア・西太平洋に配備している地上発射式ミサイルは射程70~300㎞の弾道ミサイルのみだ。[iv] それ以上の射程を持つものはゼロである。
≪海空発射式は別≫
ここで読者の中には、首をひねられる方もいらっしゃるかもしれない。湾岸戦争やイラク戦争などで米国が巡航ミサイル・トマホークで遠距離にいる敵を精密誘導攻撃する画像を我々は何度も目にしてきたではないか、と。確かに、トマホークの射程は千数百~二千数百kmと言われている。射程だけならINF条約にひっかかるはずだ。しかし、INF条約で開発・配備が禁止されたのは地上発射式ミサイルであり、艦船や航空機に搭載されるミサイルは含まれていなかった。かつてトマホークには地上発射式のものもあったが、INF条約を締結して以降、(2019年まで)開発は中止されてきた。
今日、米軍の海空発射式トマホークは東アジア・西太平洋地域や日本領内に配備されているのだろうか? 米軍は配備する装備を対外的に明かさないのが通例であり、日本政府も敢えて聞かないことにしている――聞いているかもしれないが、これまで外に洩れたことはない――ため、100%確実なことはわからない。だが、INF条約で禁止されていなかった兵器をいつ、どこに配備するかは、軍事的合理性によって決められるべきである、と考えるのは常識である。朝鮮半島情勢が緊迫していた2017年には「トマホークを装備した米潜水艦が韓国の水域に向かった」という報道があった。[v] 常時かどうかはともかく、海空発射式のトマホークが在日米軍に配備されていないとは考えにくい。
トマホークは湾岸戦争以来、2000発以上が実戦で使用されている。そのプラス・マイナスをここで簡単に紹介しておこう。メリットは、精密誘導型で命中精度が高いことや比較的安価である(1発当たり1.5~3億円弱)こと。デメリットは、搭載重量が小さいために搭載する弾頭が通常兵器の場合は破壊力があまり強くないことや、速度(亜音速)が遅いため、敵に逃げられたり迎撃されたりする可能性のあることが挙げられる。
≪INF条約から自由だった中国≫
INF条約は米ソ間の条約であり、拘束されるのは米ソ二国のみであった。したがって中国は、射程距離や地上型発射型か否かの如何にかかわらず、ミサイルの開発・配備は自由に行うことができた。ちなみに、韓国は2017年時点で射程800㎞と言われる地上発射式の玄武ミサイル――米国のトマホークを改良したものと言われている――の実験に成功しているが、これも韓国がINF条約に制約されなかったから可能になったことだ。[vi]
米国防総省によれば、中国は今日、500~5,500㎞の射程をカバーする地上発射式ミサイルを1,250発以上保有している。その内訳は、以下のとおり。[vii] なお、ここに出てくる「短距離」「准中距離」「中距離」という言葉は今日行われている軍事上の用例に従ったものでINF条約の定義とはズレがある。紛らわしいが如何ともしがたいのでこのまま引用する。
〇 主に台湾攻撃を想定した短距離弾道ミサイル(射程300~1,000㎞)=600発以上
〇 第一列島線をカバーし、対地・対艦精密誘導攻撃に使われる准中距離弾道ミサイル (射程1,000~3,000㎞)=150発以上
〇 核搭載可能で中国本土からグアムを準精密攻撃できる中距離弾道ミサイル(射程3,000~5,500㎞)=200発以上
〇 地上発射式巡航ミサイル(対地攻撃用)=300発以上
上記には「空母キラー(DF-21D、准中距離弾道ミサイル)」や「グアムキラー(DF-26B、中距離弾道ミサイル)」という名が示すように、衛星・ドローン・航空機の情報や超水平線レーダーを使って精密誘導攻撃できるミサイルも含まれる。また、中国軍はこれ以外にも艦船(潜水艦を含む)と航空機に搭載可能な対艦攻撃用巡航ミサイルも多数(数量不明)配備しているはずである。
ここまで見てきたことを一言でまとめる。東アジア・西太平洋の現状は、地上発射式で射程500㎞以上のミサイルにおいて中国軍が米軍を完全に出し抜いている、ということだ。
INF条約の失効
2019年2月、ロシアによる協定違反や中国のミサイル開発を理由にして米国政府はINF条約から離脱する旨、ロシア政府に通告した。半年後の8月2日、協定の定めに従ってINF条約は失効する。翌8月3日、マーク・エスパー国防長官(当時)は、アジアへ地上発射型の中距離ミサイル――射程500㎞以上という意味であろう――を配備したいと明言し、中国追い上げの狼煙を上げた。同年8月18日、米国政府は地上発射式中距離ミサイルの発射実験に成功したと発表し、用意周到ぶりを印象付けた。
その後、トランプ政権下では(宇宙軍を除く)4軍種が地上発射式を含めた長射程ミサイルの開発・配備を進めるための具体的な検討に入った。(前述のとおり、INF条約に基づく用例では「中距離」ミサイルとは射程500~5,500㎞のものを意味するが、今日の軍事の世界では「中距離」ミサイルの射程は3,000~5,500㎞を意味するなど、より細分化された区分が用いられるのが一般的である。本稿では便宜上、米軍が東アジア・西太平洋地域への配備を検討している射程300~5,500㎞のミサイルを総称する場合には「長射程」ミサイル」という言葉を用いて議論することにする。)
今年3月9日に米インド太平洋軍のフィリップ・デイヴィッドソン司令官は上院軍事委員会で証言した。同司令官は(ミサイルの脅威に対する)ハワイやグアムの防衛能力を高めることに加え、敵の攻撃に対する残存性が高く、精密誘導攻撃のできる長射程(当面は射程500㎞以上)の火力を獲得する必要があると強調し、具体的には地上発射式ミサイルの数を増やし、空軍及び海軍による長距離攻撃能力を向上させることを求めた。地上発射式ミサイルについては中国海軍を攻撃することを念頭に置き、SM-6(=海軍の超音速・弾道弾迎撃用ミサイルを対艦用途・陸上可動式に変更したもの。射程は1600㎞以上とみられる)やトマホーク(海軍のトマホークを地上発射式に変更したもの)、自走式多連装長距離ロケット砲(最大射程約480㎞)を西太平洋地域に配備すべきだと述べている。[viii] 海兵隊や陸軍は来年一杯かけてテストを行い、2023年から実戦配備したい考えだ。インド太平洋軍は、第一列島線に沿って地上発射式ミサイルを増強するための予算として、2022年で4億8百万ドル(約450億円)、2023年度から27年度までの累計で29億ドル(3,200億円弱)が必要になると見積もる。[ix]
地上・艦船・航空機など多様な発射台に長射程化されたミサイルを第一列島線に分散配備して中国海軍を攻撃できるようにする、というのが米軍の描く青写真であろう。将来的にミサイルの射程が伸びてくれば、対艦攻撃のみならず対地(中国本土のミサイル部隊)攻撃が視野に入ってくることは言うまでもない。
地上発射式ミサイルが注目される理由
米国から見た時、欧州は長大な大陸正面に対して海洋は周辺部にしかない。一方、アジアでは海洋が正面域を占めるため、海空発射式を重視するという考え方にも一定の戦略的合理性がある。では何故、米軍は「地上発射式」ミサイルにこだわるのか?
今後の議論を進めるうえでは、この素朴な疑問に答えておかねばなるまい。海空発射式と比べた時、地上発射式ミサイルには以下のような〈明確な利点〉がある。
① 地下に格納したりトレーラーに搭載して移動させたりするができるため、敵の攻撃を受けた際の残存能力が高い。これに対し、例えば航空機に搭載したミサイルであれば、飛行場をミサイル攻撃されると使えなくなってしまう。
② 地上発射式の方が弾倉の容量を大きくでき、充填も容易なため発射可能なミサイル弾頭の数を増やせる。軍事では数も重要な要素だが、海空発射では一度の出撃で発射できるミサイルの数が限られてしまう。
③ 海空発射式に比べると安価である。これは、同じ予算なら配備可能なミサイルの数が増えることを意味する。
④ 同じ能力(射程・精度)であれば、陸上発射式の方が開発速度も速い。
簡単に言えば、圧倒的に多数のミサイルを持つ中国軍の先制攻撃を受けた時、海空発射式の長射程ミサイルだけでは〈生き残れるミサイル〉の数が足りず、中国軍に十分大きな反撃を加えることができない。そこで、機動性を持った多数の地上発射式ミサイルを分散配備し、〈生き残れるミサイル〉を増やして中国軍を叩けるようにする必要がある、という理屈になる。
東アジアの近未来~ミサイル軍拡の時代
では、米軍が第一列島線に沿って(地上発射式)長射程ミサイルを多数配備すれば、米中のミサイル戦力が均衡して戦略的安定が達成され、ハッピーエンドとなるのであろうか?
そもそも、核戦力ではない通常兵器の分野で兵器の数量が対等になれば戦略的安定が実現するという議論に説得力はあまりない。百歩譲ってその議論を受け入れたとしても、米中間に長射程ミサイルのパリティ(均衡)が達成されるかは相当疑わしい。
最大の問題は、米軍のミサイル増強を中国側が指をくわえて眺めていることはない、ということだ。2019年8月、中国外務省の傅聡(フー・ツォン)軍縮局長は「米国が中国の玄関先にミサイルを配備するなら、中国は対抗措置をとらざるを得ない」と言明している。[x] 中国軍は米軍が配備しようとする長射程ミサイルを質量ともに凌駕するため、ミサイルの開発・配備に今以上のエネルギーを注ぐ可能性が非常に高い。それは米中ミサイル軍拡競争以外の何ものでもない。
米国が東アジアに長射程ミサイルを配備すれば、反応するのは中国一国にとどまらない。ロシア政府は既に地上発射式巡航ミサイルや極超音速兵器の開発を開始している。一方で、2020年11月14日にプーチン大統領は「米国がアジア太平洋地域に中距離ミサイルを配備しなければ、ロシアが同種の兵器を先に配備することはない」と述べた。これは、米国が配備すればロシアも追随する、ということの裏返しである。最近も本年3月12日にロシア外務省のザハロワ報道官が米国の中距離・短距離ミサイル増強計画を批判し、「ミサイルの脅威が増えれば、我々は間違いなく報復措置をとる」と警告を発した。[xi]
米軍の長射程ミサイル配備は主に中国を念頭に置いた動きだが、方向を変えれば当然、北朝鮮にも届く。北朝鮮は短距離からICBMまで様々な射程のミサイルを開発・配備してきた。米国による長射程ミサイル増強の動きは北朝鮮によるミサイルの開発・配備をさらに加速させることになるだろう。
日本に目を転じると、自衛隊が現在保有する地上発射式の対艦ミサイル(12式地対艦誘導弾)の射程は約200㎞と言われている。昨年12月18日の閣議決定でこれを1,000㎞程度まで伸ばすことが決まった。延伸後は朝鮮半島の大半をカバーするのみならず、宮古島に配備すれば台湾海峡をすっぽり射程に収めることになる。米軍が在日米軍に地上発射式の長射程ミサイルを配備することになれば、米製ミサイルを自衛隊にも配備することを含め、ミサイル能力の長射程化と多様化がさらに進むかもしれない。
既に述べたが、韓国も北朝鮮を念頭に置いてミサイルの開発を進め、その射程を徐々に伸ばしてきた。現在、射程が最も長い玄武ミサイルの射程は800㎞と言われ、北朝鮮の全域のみならず西日本も射程に入っている。最近の日韓関係の冷却化と日本に対する韓国の敵愾心の強さを考慮に入れれば、韓国が上述のような日本のミサイル能力向上に敏感に反応し、対抗措置をとったとしても驚くにはあたらない。
このようにして見ると、米国による東アジア・西太平洋への(地上発射式)長射程ミサイルの配備は、地域内の様々な場所で作用と反作用を誘発する。その結果、米中露三つ巴、あるいは地域全体でミサイル軍拡競争を招く可能性が非常に高い。かと言って、中国のみが圧倒的な数の地上発射式長射程ミサイルを配備し、日本を含む近隣諸国を圧倒しているという現状が続くことも到底認められない。我々は第二次世界大戦後最大と言ってもよいジレンマに直面しつつある。
[i] https://www.eaci.or.jp/archives/avp/175 https://www.eaci.or.jp/archives/avp/92
[ii] 今月3月15日に行われた日米2+2の成果文書は、台湾情勢に関する異例の言及や「中国による、既存の国際秩序と合致しない行動は、日米同盟及び国際社会に対する政治的、経済的、軍事的及び技術的な課題を提起している」等の表現をはじめとして、中国批判のオンパレードであった。対照的に、3月18日に行われた米韓2+2の成果文書には「中国」という単語が出てこなかった。日本政府は、米中間で間合いを取るよりも一気に米国にすり寄ることを選んでしまった印象が強い。
[iii] INF条約に言う「中射程」とは1000~5,500㎞、「短射程」とは射程500~1,000㎞のことである。
[iv] 2020 China Military Power Report (defense.gov)
[v] US moves missile defence to South Korea site amid tensions with North | South Korea | The Guardian
[vi] 北朝鮮の場合、INF条約には拘束されていなかったものの、累次の国連安保理決議によってミサイル開発を禁じられてきた。したがって、少なくとも近年のミサイル開発は国際法上、違法とみなすべきものである。
[vii] 2020 China Military Power Report (defense.gov)(前掲)
[viii] Davidson_03-09-21.pdf (senate.gov) Army Picks Tomahawk & SM-6 For Mid-Range Missiles « Breaking Defense – Defense industry news, analysis and commentary
なお、本稿ではミサイル本体と発射台に重点を置いて記述しているが、ミサイルに関する真の競争は電子戦・宇宙・サイバー・超水平線レーダー等を含め、システムのレベルで行われるものである。
[ix] U.S. admiral calls for ground-based offensive weaponry in western Pacific | Reuters
[x] China warns of countermeasures if U.S. puts missiles on its ‘doorstep’ | Reuters