東アジア共同体研究所

北京香山フォーラムに参加して  Alternative Viewpoint 第70号

2024年10月6日

 

はじめに

2024年9月12日から14日までの3日間、第11回北京香山フォーラム(以下、香山フォーラム)に出席してきた。
香山フォーラムは、人民解放軍系のシンクタンク(中国軍事科学学会、中国国際戦略学会)が主催する国際会議である。安全保障関係の国際会議と言えば、毎年シンガポールで開催されるアジア安全保障会議(シャングリラ会合)が有名だ。香山フォーラムは中国がこれに対抗して2006年に創設したもの。最初の会議の場所が北京北西の景勝地・香山(シャンシャン)だったことが名前の由来である。今年の香山フォーラムには、90以上の国から防衛閣僚・軍幹部500人超中国及び世界の研究者数百名が参加した。

フォーラムの開催中、私は9月13日に行われたパネル・ディスカッション「北東アジアの安全保障を維持する」でパネリストを務めた。そこでは日頃AVPで述べているようなラインで基調発言・質疑応答したつもりである。ところが先日、中国メディアが伝える私の発言内容を見ていたら、「うん? 俺、こんなことを言ったか?」と首を傾げるようなことが載っていた。[1]

そんなこともあったので、AVP本号では、上記パネル・ディスカッションで私が行った基調発言を紹介することにした。併せて香山フォーラムに参加して私が考えたこともお伝えしよう。

 

セッション「北東アジアの安全保障を維持する」

私の参加したパネルでは、発言順に中国、日本、韓国、モンゴル、ドイツの研究者が北東アジアの安全保障について議論した。最初にパネラーが基調発言を行い、フロアーからの質問に答えた。基調発言については、予め司会役から、①北東アジアが直面する安全保障上の主要リスクは何か? ②朝鮮島半島の緊張緩和を実現する方策は何か? ③日中韓協力をいかに安定的に継続させるか? という3つのサブ・テーマが与えられていた。中国人は中国語で、外国人は基本的に英語で話し、英中同時通訳が用意されていた。私の行った基調発言(の日本語訳)は以下のとおりである。


〈北東アジアが直面する主な安全保障上のリスクは何か?〉

今日、日本が直面している安全保障上の主要なリスクとは何でしょうか? 本日のセッションで私は、敢えて台湾に関連したリスクを集中的に取り上げます。その理由は、日本で時々議論されているように、台湾有事が今にも起こりそうだ、と私が考えているからではありません。万一台湾有事が発生すれば、その影響があまりにも甚大であるためです。

「台湾有事は日本有事」という悪名高き言葉について考えてみましょう。確かに、これは間違った政治的意図を持つ、不適切な言い草です。しかし、純粋に軍事的な観点から見れば、台湾有事と日本有事が連動する可能性は否定できません。台湾をめぐって中国とアメリカが戦った場合、米軍の大部分は日本から出動する可能性が高い。中国が負けたくなければ、日本を攻撃することは軍事的に合理的な判断でしょう。でも、それは日本有事以外の何ものでもありません。

理論的には、台湾有事が日本有事にならないケースは2つあります。1つは、台湾有事が起きても米国が軍事介入しない場合です。でも、実際に米国がどう出るかは事態の直前まで誰にもわかりません。もう1つは、在日米軍基地等の利用を日本が拒否した場合です。現在のところ、日米の専門家の圧倒的多数は、日本政府がそのような決断をすることはないと考えているようです。でも私は、日本はその選択肢を残しておくべきだと思います。

結局のところ、日本有事の発生を防ぐ最善の方法は、台湾有事の発生を防ぐことです。私は、現在も近い将来も、台湾有事が起きる可能性は極めて低いと考えています。でもそのうえで言えば、私は最近、以前よりも嫌な予感がするようになりました。台湾海峡の向こう側の動向が段々気になり始めたからです。

20年ほど前、陳水扁総統が独立に向けた姿勢を強めようとした時、当時のアメリカ政府はそれを抑え込みました。ところが、近年の米国政府は「一つの中国」政策を徐々に形骸化させ、日米の政治家は頻繁に台湾を訪問し、独立派を励ましている。そして今、頼清徳総統は「二国論」に聞こえるような主張を公言し始めた。これは見過ごすことのできない不安定化要因です。

私は、2008年にブカレスト(ルーマニア)で開かれたNATO首脳会議を思い出します。その時、ブッシュ米大統領や欧州諸国はウクライナとグルジアが将来的にNATOへ加盟することを承認しました。西側諸国は、自分たちと体制の異なるロシアの安全保障上の懸念を無視し、NATO加盟を求めるウクライナの政治勢力に味方した。そのことが今回の戦争の遠因の1つになったと考えられています。

私には、米国と日本――そして、ある程度は中国も――が、東アジアで今、当時と同じような戦略的過ちを犯そうとしているように見える。もしも我々が安心供与(reassurance)を無視し、軍事的抑止力だけを強化し続ければ、明日の東アジアは今日のウクライナのようになりかねません。

〈朝鮮半島の緊張緩和に建設的な役割を果たすには?〉

第2の論点は朝鮮半島情勢です。今日は時間がないため、最近出てきた新たな懸念、すなわち平壌とモスクワの関係強化にのみ、言及します。私の理解する限り、中国にロシアや北朝鮮と3国ブロックを形成するつもりはない。だが西側諸国では、すべてが 「民主主義 対 権威主義 」というレンズを通して見られる傾向にあります。架空の3国ブロックがあたかも実在するかのように見られれば、不必要な緊張が高まり、すべての関係者に不利益をもたらすことでしょう。中国政府は、米国政府はもちろん、日本政府や韓国政府とも緊密に意思疎通する必要があります。

〈日中韓協力の安定性と継続性をいかに維持するか?〉

第3は、日本・中国・韓国の3国間協力についてです。2008年に始まった日中韓首脳会談の意義はいくら強調しても、強調しすぎることはない。日本は最近、QUAD(日米豪印)、日米韓、日米比といったミニラテラルな地域的枠組みへの参加を増やしているが、そのいずれもが中国包囲網を意図したものだという疑念の目で見られている。こうした状況下で、日中韓の枠組みには、東アジアの安全保障における安定装置としての役割が期待されます。

今年5月、ソウルで4年半ぶりに日中韓首脳会談が開催された。日本は次期議長国とし、来年もサミットが開催されるよう全力を尽くすべきです。再開されたモメンタムを止めてはならない。

直近の共同声明には、3ヵ国間の人的交流の拡大、知的財産権に関する協力、「日中韓+X協力 」の枠組みなど、地味ではあるが建設的な合意が含まれている。しかし、合意事項がちゃんと実施されるかは楽観を許しません。日中韓3ヵ国の政府は、合意事項の進捗状況を評価するメカニズムを構築することが望ましい。

最後に、私のささやかな夢を述べたい。それは、日本と中国が共に参加するミニラテラルな地域的枠組みの数を増やすことです。もちろん、現在の政治状況の下では難しいでしょう。しかし、いつか実現できることを願ってやみません。

ご清聴ありがとうございました。


 

香山フォーラムで見た景色

香山フォーラムへ参加したおかげで、見えてきたことや考えさせられたこともあった。少し記しておく。

〈パラレル・ワールド?〉 

フォーラムの会場で会った日本人研究者の1人は、悪戯っぽい目をして私に「パラレル・ワールドを楽しんでください」と言った。彼は香山フォーラムに何度も参加しており、その意味では〈先輩格〉である。

なるほど、と思った。日本では、「最も重要なものは、自由、民主主義、法の支配といった価値観であり、民主主義陣営はそのために権威主義陣営と戦っている」という世界観が幅を利かせている。しかし、香山フォーラムの全体総会に登壇する国防大臣・参謀長クラスの過半数、いや大多数は、アフリカ、中南米、南アジア、東南アジアの権威主義または混合体制国家の人たちだ。彼らの演説を聞いても、中国の支援に対する感謝はあっても、民主主義や米国を礼賛する声は出てこない。それはまさに、「現在我々が住む世界に同時並行して存在する別の世界」=パラレル・ワールドであった。

一方で、パラレル・ワールドという言葉には、「我々の住む世界が本来のものであり、あちら側は虚構のようなもの」という寓意が込められている。しかし、今回思ったのは、「虚構と片付けるには、このパラレル・ワールドはデカすぎる」ということだ。おそらく、我々がパラレル・ワールドだと思っている世界の住人は、我々の世界をパラレル・ワールドだと思っているに違いない。両者の併存する世界こそが現実なのだ。

〈グローバル・サウス〉 

英国国際戦略研究所(IISS)が主催するシャングリラ会合には、アジア太平洋諸国や英米を含む一部欧州諸国が参加する。これに対し、香山フォーラムの方は、シャングリラに比べると日米欧やASEAN諸国からの出席者のランクは低い一方、グローバル・サウスの大半が参加している。全体会議の同時通訳にも、中国語と英語だけでなく、フランス語・スペイン語が常時用意されていた。

米中対立が先鋭化する中、G7など西側民主主義陣営と中国は近年、グローバル・サウスを取り込むべく、競争を繰り広げている。しかし、この競争に勝つのは、西側でも中国でもなさそうだ。

次の地図で赤い部分がグローバル・サウスとされる国々である。[2](ただし、本稿でグローバル・サウスと言う時、中国は含めていない。[3] )

そして、下の地図はエコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)が発表した民主主義指数の地図だ。水色は欠陥民主主義、黄色が混合政治体制、濃い暖色系と黒は独裁政治体制を示す。[4] この二つの地図を比べて見れば、グローバル・サウスとは、大なり小なり権威主義的な体制を持つ国ばかりであることがわかる。

当然、西側が民主主義や人権を振りかざしても、大半のグローバル・サウスの国々は「鬱陶しい」と受け止める。フォーラムで知り合ったインドネシアの若手研究者は「中国はうるさいことを言わずに援助してくれるが、米国の援助には人権などの細かな条件が付いてくる」と解説してくれた。「中東で米国はイスラエルを支持し、パレスチナを見捨てている。ウクライナとは大違いだ」と米国への嫌悪感も露わにした。(インドネシアは世界最大のムスリム国家。グローバル・サウス全体で見てもムスリム国家が多数派を占める。)だが、そんな彼も「米国と敵対すべきでないことは当然だ」とすぐに付け加えた。米国に背を向ければ、安全保障・外交・経済上の実害は甚大であり、仮に中国とベッタリの関係になっても補いきれない。

別のインドネシア政府関係者は「我が国は海上警察分野で米国や日本から巡視船の提供や海上保安官の派遣を受けている。バランスを取るために中国からも同様の支援を受けたい」と中国側に呼び掛けていた。逆に、中国からの支援が既に大きい分野では、日米に対して援助を打診しているに違いない。要するに、支援国を1つに絞ってその影響が強くなりすぎることを避けつつ、同時に米中を競わせてより有利な条件を引き出そう、というわけだ。
このように、グローバル・サウスの側では、相手の価値観が自分たちと近かろうが遠かろうが、自国の利益にとって最も有利になるようディールを組み替えることが当たり前の外交術とみなされる。片や、日本外交は民主主義に酔い、米国ベッタリ路線を続けて疑問を持たない。日本がグローバル・サウスを取り込もうと駆けずり回ったところで、援助をつまみ食いされて終わるのが関の山であろう。

 

おわりに~ここでも中国に背を向ける日本

米国政府は今年の香山フォーラムにマイケル・チェイス国防副次官補(中国・台湾・モンゴル担当)を派遣した。5月31日~6月2日に開催されたシャングリラ会合にはオースティン国防長官が出席しているので明らかに差をつけてはいる。だが、昨年は中国担当上級部長だったので、その点ではやや格上げした形になる。プログラムにチェイスの出番はなかったが、彼は北京で同時に開催された米中高官協議に参加した。昨年11月に行われた米中首脳会談以降の「ガードレール外交」路線を継続したい、というバイデン政権のメッセージは明らかだ。また、民間研究者の枠で参加した者の中には、バイデン政権で中国担当の国務次官補代理を務めたリック・ウォーターズもいた。フォーラムにおける公開討論では、ウォーターズと呉心伯 復旦大学国際問題研究院院長との間で面白いほど平行線の議論が繰り広げられた。

グローバル・サウスやロシア、ウクライナ、イラン、イスラエルなど様々な国の国防関係者が全体会議の演台に立つのを眺めながら、私は「さすがにG7メンバー国の国防関係者は喋らないんだな」と勝手に納得していた。ところが、最終日にドイツ国防省の政策部長が登壇したのを見て、「G7でもやろうと思えばできるんだ」と思い直した。ドイツと中国の関係も近年、緊迫化する傾向にある。だが、昨年6月には李強首相が訪独した一方で、今年4月にはショルツ首相が訪中して習近平主席と会談するなど、両国はハイレベルな意思疎通は途切れさせていない。

翻って日本はどうか? 政府(防衛省・自衛隊)は政府高官と言われるレベルの派遣を今年も見送った。[5] 私の知る限りでは、日本からの参加者は防衛研究所から2名民間の研究者が私を含めて2名。日本の研究者の中には、招待されても断る人が少なくないと聞いた。勿体ない話だ。(中国側の主催者によれば、「韓国からは参加希望者が多すぎて断るのに苦労した」とのことである。)

もちろん、この種の会議に参加しても、中国側の本音を聞けるとは限らない。むしろ、稀と言ってよいだろう。だが、対面での交流を通じて、中国側の口に出さない本音を窺い知ることが、我々の腕の見せ所である。例えば、歓迎ディナーの食事や主催する事務方の愚痴の中からも、日本にいてはわからない中国事情が垣間見えたりするものだ。

「意見が合わなければ交流そのものを絶ってしまおう」という日本の島国根性はどうにかならないものか? 意見が違うのなら、中国へ行って言いたいことをもっと言えばよい。別に軍事機密を話すわけではないのだから、それで我々が失うものなど何もない。こう言うと、「香山フォーラムに日本政府が高官を派遣すれば、中国共産党の権威付けに利用される」と〈したり顔〉で解説する人が必ずいる。私に言わせれば、そんな小心者たちが日本外交を駄目にしているのだ。日本国内で日本人相手に強がってみせても、それは「外交ごっこ」にすぎない。

 

 

 

 

[1] 第11回北京香山フォーラム、日韓の専門家が「北東アジアの安全及び安定の維持」を議論_中国網_日本語 (china.org.cn)

[2] Specialgst – Blank map: mapchart.netUNCTADstat – Classifications. UN Trade and Development.Classifications – UNCTAD Handbook of Statistics 2023. unctad.org., CC 表示-継承 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=139254470による

[3] 中国自身は自らをグローバル・サウスの一員と呼ぶ。だが、西側諸国がグローバル・サウスと言う時、中国は除外するのが一般的である。グローバル・サウスの国々の間でも、世界第2位の経済大国になった中国をグローバル・サウスとは見做さない国の方が多い。

[4] Wikipedia – eiu.com and powergame.gr, CC 表示-継承 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=145379887による

[5] 中国駐在武官(自衛官)も会場に来ていたと思うが、セッション等での出番や発言機会はなかった模様である。

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