2024年5月20日
米国のクインシー研究所から日本の武器輸出政策について解説するよう依頼され、4月11日付で『武器輸出国としてデビューする日本(”Japan debuts as a weapons exporter”)』という題名の小論を同研究所のサイトに掲載した。[i] AVP本号は、その日本語訳に少し手を加えたものをお届けする。
はじめに
日本政府が自らに課してきた武器輸出禁止政策は、過去10数年の間に段階的に解除されてきた。2024年3月に英国・イタリアと共同開発する次世代戦闘機を第三国へ輸出する方針を閣議決定したことによって、日本が武器輸出を解禁するための取り組みはほぼ〈完了段階〉に達した。この閣議決定を念頭に置いて2024年4月10日の日米首脳共同声明を読めば、日米はミサイルを共同開発して第三国に輸出することに合意したと考えられる。[ii] これらは日本が平和主義的な防衛政策から脱却しつつあることを示す最新の動きでもある。本稿では、日本の政策変更の背景と意味合いを説明する。
武器輸出禁止の段階的な溶解
第二次世界大戦後、日本政府は武器輸出を控えると決めた。1967年、佐藤栄作首相(当時)は、①共産主義国、②国連決議で武器輸出が禁止されている国、③国際紛争に関与している国、に対する武器輸出を認めないと明言した。1976年、三木武夫内閣は武器輸出全般を禁止する政府統一見解を発表した。それ以来、ミサイル防衛(MD)関連技術の対米供与等、いくつかの例外はあるものの、武器輸出を控えることを国策とする時代が続いた。(余談になるが、日本政府は「武器」のことを「防衛装備品」と呼ぶ。戦後日本の防衛政策が行ってきたゴマカシ例の1つである。)
武器輸出禁止が薄れ始めたのは2011年頃からである。同年に野田佳彦内閣は、安全保障で日本と協力関係にある国々との間で武器を共同開発し、それを共同開発のパートナー国へ輸出できるよう、武器の輸出規制を緩和した。この緩和措置に従って、2015~16年頃には日本の技術を中心とした潜水艦の共同開発・生産をオーストラリアに持ちかけ、その対豪輸出を実現しようとした。[iii]
2014年、安倍晋三内閣は、救助・輸送・監視・偵察などを用途とする(=殺傷能力を基本的に持たない)武器の輸出を許可した。この緩和を受け、三菱電機は2023年からフィリピン空軍へ航空監視レーダーシステムを納入している。
2023年12月、岸田文雄内閣は、外国からライセンス供与を受けて製造した国産武器をライセンス元の国へ輸出することを許可した。この緩和措置により、レイセオン社及びロッキード・マーチン社のライセンスに基づいて三菱重工等が製造したPAC-2およびPAC-3迎撃ミサイルを米国に輸出する予定となっている。米国はウクライナにパトリオットを供与しており、米軍の在庫が減少した分を日本から購入して補うため、日本政府にパトリオットの輸出を求めてきた。[iv] 実質的には、日本から(紛争当事国である)ウクライナへの迂回輸出と考えられる。なお、日本ではパトリオットを対ミサイル兵器と説明することが多いが、実際の攻撃対象には航空機も含まれている。パトリオットはれっきとした〈殺傷兵器〉であることも頭に入れておきたい。
ほとんど全面解禁
そして今年3月26日、岸田内閣は英国・イタリアと次世代戦闘機を共同開発(=公式には「グローバル戦闘航空プログラム」と呼ばれる)し、当該戦闘機の第三国への輸出を認める旨の閣議決定を行うとともに、国家安全保障会議で『防衛装備移転三原則の実施指針』(以下『指針』)を改定した。[v] その際、政府は共同開発した武器の第三国輸出に3つの厳しい条件を設定したと強調した。だがそれは、連立相手である公明党がその支持者を説得するために求めた、〈口先だけ〉の条件にすぎない。3月13日に公明党の高木陽介政調会長は政府の説明を「わが党が求めた歯止めについて丁寧に答えていた」と評価したが、それは完全な〈出来レース〉だった。実際には、今回の〈規制緩和〉によって日本の武器輸出は「ほぼ全面解禁された」と言ってよい。政府の言う〈厳しい3条件〉とその実態について以下に説明する。
第1に、岸田は「第三国への輸出を認めるのは今回の次世代戦闘機のみである」と国会で答弁した。だが、それはあくまで〈当面〉のことにすぎない。岸田は「第三国輸出が可能な案件として現時点で『指針』に記載されているのは日英伊で共同開発される戦闘機だけ」という事実を、あたかも「それ以外の第三国輸出は認めない」と聞こえるように喋っただけ。現実には、滑空迎撃ミサイル(GPI)や無人航空機の共同開発が既に日米間で検討されている。豪州が予定する護衛艦――駆逐艦(destroyer)のことを日本政府はこう呼ぶ――の共同開発にも日本は名乗りを上げる見込みだ。[vi] これらの商談が成就すれば、『指針』に追加記載して閣議決定や安全保障会議決定を行うことにより、第三国への輸出も可能となる。政府・与党は「(今回と将来の)二重の閣議決定で厳格なプロセスを経る」と主張するが、そんな形式論は笑止千万だ。
第2に、共同生産された武器を買う第三国は「日本から移転された防衛装備品(武器)を国連憲章の目的と原則に合致した方法で使用する」ことを定めた国際協定を日本と締結していなければならない。現在、そのような協定に署名しているのは15ヶ国だが、そこにはベトナムやアラブ首長国連邦などの権威主義国家も含まれる。[vii] 現在もバングラデシュとの間で協定締結のための交渉が進んでおり、[viii] 同様の協定を締結する国の数は今後も増え続ける。さらに、国連憲章の目的と原則に合致した武器使用」ということの意味自体が曖昧模糊としており、歯止めと言えるかどうか疑問だ。例えば、イスラエルは現在ガザで行っている武器使用も「国連憲章の目的と原則に合致している」と主張するに違いない。
第3に、「武力紛争の一環として戦闘が行われていると認められる」第三国への輸出は引き続き禁止される。例えば、日英伊で共同開発する次世代戦闘機が明日完成しても、それをウクライナへ輸出することはできない。しかし、次世代戦闘機をNATO加盟国へ売却し、その国が自国の旧型機をウクライナへ供与するという〈迂回輸出〉なら、不可能ではない。
武器輸出の禁令を緩和し続けた結果、現在も残る禁止項目の主なものと言えば、純粋な国産武器の輸出くらいであろう。だが、相手が中堅国(例えば、トルコ)以上であれば、今日の武器輸出は共同開発・共同生産の形をとるのが主流となっている。また、〈形だけ共同開発〉にして実質的には国産武器を輸出するという抜け道も取り得る。要するに、今年3月に行った〈規制緩和〉により、日本は名実ともに本格的な武器輸出国としてデビューしたのである。
武器輸出解禁の理由
日本は今回なぜ、武器の共同開発と第三国に対する輸出にそれほど固執したのだろうか? 共同開発と輸出を正当化するロジックを4点、指摘する。
① 共同開発なくして先進兵器の導入なし、という現実
第一に、共同開発・共同生産を拒否すれば、日本は今後、先進兵器システムを効率的に導入できなくなる、という厳しい現実がある。今日の兵器システムは技術が高度化し、開発費用も天文学的になってきたため、世界最大の武器大国である米国ですら、大規模プロジェクトは共同開発とならざるを得ない。例えば、第5世代ジェット戦闘機のF-35は米国(ロッキード・マーチン社)主導で開発されたが、英国、イタリア、オランダ、トルコ、カナダ等8カ国が共同開発国となった。日本は当時の武器輸出の禁止措置が厳しかったため、共同開発プログラムに参加できなかった。その結果、日本はF-35の購入により多額の費用を支払い、納入まで一層長い期間待たされた。日本のニーズに合わせた仕様変更なども難航した。経済成長の低迷と円安が常態化した貧乏ニッポンにとって、今後も同様の事態が繰り返されることは耐えられない、というわけである。[ix]
共同開発・共同生産への参画と第三国への輸出を切り離せないケースがここで出てくる。共同開発プログラムに参加する他の国々は第三国への輸出によって開発費用を回収し、儲けを得たい。日本が「第三国への輸出は駄目」と言えば、他国は日本が共同開発に参加することに同意するわけがない。
② 産業政策として
日本国内では過去20年間に100社以上の企業が防衛産業から撤退した。政府内には国の防衛産業基盤と防衛産業における雇用を維持することに強い危機感がある。しかし、日本の防衛産業の置かれた状況は極めて厳しい。近年、防衛予算が急増しているとは言え、国内市場の拡大には限界がある。また、日本の防衛産業は、部分的な〈モノづくり〉の面はまだしも、AIやシステム開発力では国際的に大きく見劣りがする。顧客である自衛隊に実戦経験がないため、現場からのフィードバックも不十分だ。共同開発・共同生産と輸出を促進する以外に、防衛産業を守る方法はない。(ただし、三菱リージョナル・ジェットの挫折が暗示するとおり、共同開発・輸出拡大に対応できるだけの基礎体力(性能・価格・メンテナンス等からマーケティングまで含めた競争力)が日本の防衛産業各社にあるかどうかは別問題である。)
ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によれば、2023年の世界の軍事支出は9年連続で増加して史上最高(2兆4,430億ドル/約380兆円)を記録したばかりでなく、単年での増加率も6.8%と高水準だった。[x] ロシア・ウクライナ戦争やイスラエル・ガザ戦争、米中対立の激化を受け、この傾向は止まりそうにもない。経済産業省などがこれに目をつけ、「これからは防衛分野を日本経済の柱として育成すべきだ」と息巻く連中が出てきても不思議ではない。(経産省が猪突猛進すると、大概は失敗する。ラピダスも悪い予感しかしない。)
③ 対中抑止力のため
日本政府内には、米国との協力を通じて同盟を強化し、中国に対する抑止力を高めたいという強い思いがある。ロシア・ウクライナ戦争を見た日本政府は、もしも中国と戦争になった場合には、米国のみならず西側諸国の広範な支援が不可欠だという確信を強めた。武器の共同開発・共同生産は米国や広く西側諸国との安全保障関係を深めるために有益だと考えられている。政府・与党がこの点を強調すれば、「今日のウクライナは明日の台湾」という言説を信じ込んだ多くの国民も「それなら仕方がない」と受け入れる。
さらに日本は、東南アジアなどへの武器輸出を通じて中国を牽制し、自国にとって好ましい安全保障環境を作り出すことを望んでいる。ただし、ほとんどの国は米中のバランスに配慮するため、これは〈捕らぬ狸の皮算用〉になる可能性が高い。日本の思惑に応える国があるとすれば、最近米国や日本への傾斜を強めているマルコス政権のフィリピンくらいであろう。
④ 軍事積極主義への回帰
一部の日本人にとっては、「戦前への郷愁」も強く作用している。安倍晋三元首相が「戦後レジームの解体」を唱えたように、与党である自民党国会議員の多くは、戦前に見られた「軍国主義と国家主義の結合」を再び実現したいと望んでいる。そうした観点から、武器輸出による防衛産業の育成は彼らの長年の悲願なのである。(最近は野党の中にも同様の主張が見られるようになった。)
私は、政府が武器の共同開発・共同生産とその第三国輸出を解禁したことの是非を論じる場合に、時代の流れに対応する必要性(①)から目を背けるのはフェアではないと思う。「今後、自衛隊の装備の更新には遅れが出ても、どんなに高くついても構わない」と考える政党ならいざ知らず、自民党政権でなくても早晩、武器の共同開発・共同生産(そして、それを実現するために必要な第三国への武器輸出)は避けて通れなくなっていただろう。
そのうえで言えば、今の日本政府には、そのような〈やむにやまれぬ事情〉に迫られて苦渋の決断を下さなければならなかった、という切迫感はなかった。うわべは〈時代の流れ〉を強調しながらも、武器輸出を中国封じ込めの道具として活用し、併せて日本を軍事優先国家にしてやれ、というイケイケドンドンの雰囲気が透けて見えた。つまり、上述の③と④が突出していたと思われてならない。
おわりに
武器を共同開発・共同生産して第三国へ輸出する方針を3月に決めた際、日本の政治指導者たちは「平和国家としての基本理念を日本は堅持する」と語った。現在の国家安全保障戦略(2022年12月16日閣議決定)も「平和国家として、専守防衛に徹し、他国に脅威を与えるような軍事大国とはならず、非核三原則を堅持するとの基本方針は今後も変わらない。」と明記している。しかし、これは最近の日本の防衛政策によく見られる〈羊頭狗肉〉だ。
少なくとも日本政府が口にする「平和国家」の意味は完全に変わってしまった。戦後日本の平和国家観は長い間、〈軍事禁欲主義を貫いて自らが脅威とならない〉ことを柱にしていた。今や日本は、自国や地域の平和をもたらすためには軍備増強を中心とする抑止力の強化こそが最優先事項であると考え、防衛費の大幅増加や他国領域への攻撃を可能にする「反撃能力」の保有・充実に取り組んでいる。日本の政治指導者や外務・防衛官僚の本音は「日本は『他国に脅威を与える軍事国家』にならなければならない」というものである。
だが、やみくもに軍事力の強化を前面に出す一方で、中国との対話を軽んじる今の日本政府のやり方を続けていけば、日中間で「安全保障上のジレンマ」が進むことは避けられない。「力への志向」に取り憑かれた日本は、そのリスクを過小評価したまま、武器輸出政策の重要な変更をあっさり行った。私が最も懸念するのはこの点である。
[i] Japan debuts as a weapons exporter | Responsible Statecraft
[ii] 共同声明には以下のパラグラフがある。「米国は、地域における抑止力を強化するための共同開発・生産を通じた協力を増進することになる、日本の防衛装備移転三原則及びその運用指針の改正を歓迎する。我々は、長期的に重要な能力の需要を満たし即応性を維持するためにそれぞれの産業基盤を活用することを目的とし、日米の防衛産業が連携する優先分野を特定するために、日米の関係省庁と連携し、防衛省と米国防省が共に主導する日米防衛産業協力・取得・維持整備定期協議(DICAS)を開催する。この優先分野の特定の対象には、ミサイルの共同開発及び共同生産並びに前方に展開された米海軍艦船及び第4世代戦闘機を含む米空軍航空機の日本の民間施設における共同維持整備が含まれる」。100652148.pdf (mofa.go.jp)
[iii] 日本は受注を競ったフランスに敗れ、商談は成立しなかった。その後、豪州政府はAUKUS(豪英米)を通じた原子力潜水艦の取得に舵を切り、フランスとの契約を破棄するという後日談に至る。
[iv] 本当に台湾有事が数年先に迫っているのであれば、日本にとってパトリオットはいくらあっても足りないはず。米国やウクライナへ回すなど、とんでもない話だ。日本政府も本当は台湾有事がすぐ起きるとは思っていないのか、あるいは、米国に言われたら条件反射で後先考えずに応じるのか? おそらく両方であろう。
[v] 「防衛装備移転三原則の運用指針」の一部改正等について|外務省 (mofa.go.jp)
[vi] オーストラリアの新型艦、政府が共同開発を検討…海自の最新鋭護衛艦輸出を想定 : 読売新聞 (yomiuri.co.jp)
[vii] 15ヶ国とは、米国、英国、フランス、ドイツ、イタリア、スウェーデン、オーストラリア、インド、シンガポール、フィリピン、インドネシア、マレーシア、ベトナム、タイ、アラブ首長国連邦(UAE)である。
[viii] 100496993.pdf (mofa.go.jp) 2ページ。
[ix] 補足として、今回の共同開発相手が何故、米国ではないのか、という点についても触れておく。少なくとも戦闘機に関する限り、日本政府はこれまでの米国政府・米国企業の対応には失望が大きかった。1987年に日本と米国は現在の支援戦闘機であるF-2の共同開発を開始したが、米国が開発の完全な管理権を握り、日本は主要技術の開示を受けられなかった。2000年代の後半に日本政府がF-22の購入に関心を示した時も、米国は冷淡だった。さらに、米軍の要求に応じて開発される米国製戦闘機の性能は近年、自衛隊のニーズに益々合わなくなってきた。にもかかわらず、米防衛産業の方は日本側の要望に柔軟に対応する素振りを見せることがない。これに対し、英伊が構想する次世代支援戦闘機は航続距離の長さなどの点で自衛隊のニーズを満たしていた。また、英国は2000年代の後半に戦闘機ユーロファイター(タイフーン)の売り込みをかけた頃から日本市場の開拓に一貫して熱心だった。それが結実した面も少なからず指摘できよう。