Alternative Viewpoint 第49号
2023年2月13日
はじめに
前回のAVP 第48号では、米国のシンクタンクが実施したウォー・ゲームに基づき、「反撃能力」の実態に迫った。[1]
そこで紹介した戦略国際問題研究所(CSIS)のウォー・ゲームは、2026年に台湾有事が起きて中国が台湾に侵攻するという想定の下、様々なシナリオを設定してゲーム(模擬戦闘)を24回実施している。[2] そのほぼすべてで、中国チームは台北を陥落させられないどころか台湾の4分の1以上を占領することにさえ失敗した。[3]
しかし、24回のうち2回だけ、中国チームの勝利したシナリオがあった。1つは米国が軍事介入しない「台湾単独シナリオ」。そしてもう1つは、日本が中立を保って米軍に基地使用を認めない「日本中立シナリオ」だ。台湾有事が万一起きれば、〈日本の戦略的な態度〉が戦争の行方に甚大な影響を与える、という現実を示唆したものと言える。
種々のウォー・ゲームに共通する結果は、台湾有事を巡って中国と戦うことになれば、勝ち負けに関係なく、自衛隊も日本国民も多大な損害を被るということ。最悪の場合、核兵器が使用される危険性も無視できない。
台湾有事になったら、日本は戦争に参加すべきなのか否か――? この大命題から目を背けたまま、兵器や防衛予算、ドクトリン等についていくら議論したところで、国家安全保障の議論としては致命的な欠陥品である。
AVP 本号では、CSISのウォー・ゲームにおける日本中立シナリオを材料にして、「台湾有事に対する日本の戦略的選択肢」を固定観念抜きで検討する。
CSISウォー・ゲームの日本中立シナリオ
CSISの実施したウォー・ゲームにおいて、「日本中立シナリオ」とはどのようなものだったのか? 日本が中立姿勢をとった結果、中国チームが勝ったのは何故なのか?
《基本シナリオの条件設定》
CSISのウォー・ゲームで、彼らが「最もありそうだ」と考える「基本シナリオ」の説明から入ろう。基本シナリオでは、「台湾が攻撃されたら米国は自動的に参戦する」「豪州は米軍に基地使用を認め、豪軍は南シナ海でのみ戦闘参加する」「韓国は北朝鮮の動きに備える(参戦はしない)」「米軍は空対地スタンド・オフ・ミサイル(JASSM)によって洋上の中国艦船を攻撃できる」等の様々な条件設定に加え、日本の態度については、以下の前提が置かれている。
① 日本政府は米国が在日米軍基地に自由にアクセスすることを開戦時から認める
② 自衛隊は中国による日本領土への直接的な攻撃があった後に中国軍と交戦する
③ 戦争状態に入った後は、自衛隊は日本領域外で中国軍を攻撃してもよい
上記の①は、米軍は在日米軍基地を単に使えるというだけでなく、米軍基地から出撃して直接中国軍と戦ってもよい、という意味。[4] ②は、中国軍が攻撃に「着手」したと米国が判断した段階ではなく、日本(在日米軍基地を含む)が実際に攻撃を受けてから、自衛隊は戦闘に入るということ。③は、自衛隊は日本の本土防衛のためのみならず、台湾に侵攻する中国軍とも戦うという意味。自衛隊の活動を米軍に対する後方支援だけに限定するという選択肢は検討されていない模様だ。
[在日米軍概況][5]
《日本中立シナリオ》
CSISは、以上のような条件に基づく基本シナリオだけでなく、そこから様々に条件設定を変えた複数のシナリオを用意し、ゲーム(模擬戦闘)を繰り返した。[6] そのうち、日本に関わる条件変更がゲーム結果に最も劇的な影響を与えた――勝敗を文字通りひっくり返した――のは〈日本が中立姿勢をとる〉というシナリオであった。日本が中立姿勢をとれば、上記の①、②、③はすべて否定される。特に、①の否定、すなわち、日本が米国に在日米軍基地の使用を認めないことが決定的な意味を持った。
台湾侵攻を成功させるためには、中国は陸上部隊を台湾に上陸させ、兵員補充と兵站の補給を継続的に行わなければならない。これに対する最大の脅威は米国の航空戦力だ。在日米軍が使えるシナリオでは、米軍は台湾に向かう中国軍の艦船をことごとく破壊し、中国の台湾侵攻は頓挫した。しかし、在日米軍基地が使えなければ、米国チームはグアム(アンダーセン空軍基地)からの出撃と空母艦載機に頼るほかなくなる。
グアムは台湾から地理的に遠いため、台湾付近での作戦にはハンディが大きい。しかも、在日米軍基地や自衛隊基地の心配をしなくてよいため、中国チームは持てるミサイルをグアム(及び台湾)攻撃に集中させることができた。その結果、アンダーセン基地は事実上機能停止する。空母も台湾に近いほど中国軍の攻撃にさらされ、撃沈されてしまう。米国チームにはハワイやアラスカから戦略爆撃機を飛ばすという選択肢もあった。しかし、その機数は限られていたうえ、在日米空軍の護衛なしに台湾へ接近することはあまりに危険だった。
在日米軍基地を使えなかったからと言って、米国チームが何もできなかったわけではない。原子力潜水艦――長期間の作戦が可能なため、在日米軍基地を使わなくてもよい――と限られた航空戦力で奮戦し、中国の水陸両用艦隊を開戦時の3分の1にまで減少させた。それでも、戦闘機を欠いた米軍が相手であれば、中国軍は台湾侵攻作戦を継続できた。開戦から3週間後、米国チームは台湾へ大艦隊を派遣する。中国チームは空と海から猛攻を加え、米艦船の大半は破壊された。ゲームはそこで終わっている。
日本中立シナリオの下で、米海軍は「空母4、巡洋艦・駆逐艦43、原潜15」を失うという悲惨な結果になった。ちなみに、最新鋭原子力空母(ジェラルド・フォード)の建造費は13億ドル(約1兆7千億円)である。一方で、米軍の航空機の被害は比較的小さかった。グアムの飛行場で駐機中にミサイル攻撃を受けたものと空母艦載機に限定されたためだ。
多数の米兵の命が失われたことは言うまでもない。米軍を退け、台湾を攻略したとは言え、中国軍の被害も米軍に劣るものではなかった。台湾軍も陸上戦闘を中心に大損害を被る。一方で、戦争に参加しなかった自衛隊の被害は基本的にはゼロだった。
米台支持と中立のプラス・マイナス
本節では、「台湾有事が起きた時に日本が米台を支持して軍事介入する」という選択肢と「日本は中立を保つ」という選択肢のメリット(△)とデメリット(▼)を簡潔に論じる。[7]
《米台支持》
△ 台湾防衛の可能性が上がる。と言うよりも、中国の武力侵攻を受けても台湾が自立を保つためには、日本が米国に在日米軍基地の使用を認めることは必須条件である。
△ 日米関係に亀裂が入ることはない。
▼ 日本(在日米軍基地を含む)が中国から攻撃を受けることはまず避けられない。人的・物的・経済的な損害は、自衛隊のみならず民間にも及ぶ。損害の程度は、戦闘がどの程度エスカレートするかによる。
▼ 最悪の場合、中国が核兵器を使用する可能性がある。アメリカ安全保障センター(CNAS)が昨年行ったウォー・ゲームでは、中国チームがハワイ沖上空で核爆発を起こした。(AVP 第48号を参照のこと。) 当然、日本も中国の核の標的になり得る。[8] 米国がこれに応じれば、本格的な核戦争となる可能性も排除されない。
《中立》
△ 日本に対する攻撃は基本的にはない。
△ 米中間の戦局の推移にもよるが、核兵器が使用されることも基本的にはない。
▼ 台湾は中国共産党に支配されることになる可能性が高い。少なくとも、在日米軍基地が使える場合に比べ、米台が大幅に苦戦することは間違いない。
▼ 日米関係は著しく悪化する。米側から「安保条約破棄」という声が出てくることも覚悟しておいた方がよい。
対中・対米戦略のあるべき姿
前節で見た「米台支持」と「中立」のプラス・マイナスをどう評価するかは実に悩ましい。
建前論を言えば、台湾の自由と民主主義が守られるに越したことはない。中立を選択して日米同盟が大きくグラつくことに不安を感じる人も多いだろう。
しかし、だからと言って〈無邪気に〉米台を支持した結果、日本が中国の(多少ではない)ミサイル攻撃を受けたり、最悪の場合は核兵器が使われたりしても、仕方がないと割り切ることができようか? 中国が日本に領土的野心を持って攻撃したのならともかく、台湾絡みの有事に〈巻き込まれ〉て日本が大損害を受けるのは、どう考えても割に合わない。「他国の民主主義のために死ぬ」などという自己陶酔に付き合うのも私は御免だ。
それでも、台湾有事が起きれば、日本は2つの選択肢のいずれか――実際には多少のバリエーションを持たせられるが、本質的にはこの2つに絞られる――を選ばざるを得なくなる。だとすれば、日本の国家安全保障戦略上の最優先課題は「台湾有事を起こさせない」こと以外には考えられない。
《勢力均衡+抑止》
昨年12月16日に閣議決定された安保3文書を作成した面々は、日本政府の方針こそが「台湾有事を起こさせない」という目標に最も合致している、と言うに違いない。「日本は米国と組んで中国に対抗し、日本自身も防衛力を抜本的に強化する。それによって中国に台湾侵攻を断念させられる」というわけだ。〈勢力均衡〉と〈軍事的抑止〉を重視した典型的なリアリズム思考であり、中国脅威論の高まりやロシアによるウクライナ侵攻によって不安感を募らせる世論に対しても訴求力が大きいと見える。
だが実のところ、このアプローチは非常に危なっかしい。歴史上、勢力均衡によって国際関係が安定状態を長く保てたことはあまりない。第一次世界大戦も第二次世界大戦も勢力均衡の失敗例である。
軍事的抑止論も穴だらけ。第1に、抑止の論理は〈理性〉と〈正確な情報〉を前提にしているが、戦争の当事者は人間だ。人間は感情の生き物でもあり、しょっちゅう間違える。戦前の日本軍上層部は、戦力的に米国に勝てないことをわかっていながら、「緒戦で米海軍に大打撃を与えられれば有利な条件で米国と講和できる」等の自己中心的な筋書きに従って真珠湾攻撃を敢行した。ウクライナ侵攻に際しても、「ごく短期間でキエフを陥落させられる」という情報がプーチンの背中を押した。中国指導部が台湾有事を巡って同様の〈錯誤〉を繰り返さないとも限らない。
第2に、「日米台が軍事力を強化し、台湾に侵攻しても成功しないと中国に思わせる(=拒否的抑止)」と言うには、中国は既に経済的にも軍事的にも技術的にも強大になり過ぎた。中国も軍備拡張によって対抗してくることは明らかだから、拒否的抑止力が実現する可能性は小さい。
第3に、「台湾に武力行使すれば、強烈な反撃や大規模な制裁を受けるので結局損になることを中国にわからせ、台湾侵攻を思いとどまらせる(懲罰的抑止)」という考え方も、ピントはずれ。[9] 台湾が独立志向を強めた場合、中国指導部にとって最大の心配事は「台湾独立を座視すれば、共産党による中国統治の正当性が失われる」ことだ。米国や日本が期待する抑止の損得勘定は二の次である。勝ち負けの見込みや戦争のコストを度外視しても、武力行使を決断する可能性が高い。
気になるのは、米国や日本が近年、軍事的抑止路線を強める一方で、台湾独立を奨励するかのごとき言動を強めていること。バイデン大統領は「台湾を防衛する」と断言したり、「独立する、しないは台湾が決めること」等と述べたりして中国の疑心暗鬼を掻き立てた。ペロシ米下院議長(当時)の訪台も記憶に新しい。かたや日本政府も、新・国家安全保障戦略で台湾を「我が国にとって、民主主義を含む基本的な価値観を共有し、緊密な経済関係と人的往来を有する極めて重要なパートナーであり、大切な友人」と位置付けた。[10] 萩生田光一(自民党政調会長)が与党三役として19年ぶりに訪台するなど、国会議員の台湾詣でも活発化しつつある。これではとても、「台湾有事を起こさせない」ための戦略をとっているとは言えない。
《抑止+安心供与》
米シンクタンク国益研究所(Center for the National Interest)のポール・ヒアー(Paul Heer)は、ロシアと中国の抱く不安(insecurity)に注目したうえで、台湾有事に関してウクライナ戦争から汲み取るべき教訓は、「軍事大国の不安を(必要以上に)煽らないことである」と主張している。[11] 傾聴に値する意見だ。
ロシアがウクライナへ侵攻したのには、プーチンが「米国の支援を受けたウクライナがNATO加盟を果たせば、ロシアの安全保障は決定的に脅かされる」という強迫観念に駆られ、ゼレンスキー政権の武力転覆に走った側面がかなり大きい。これに対し、バイデンは「ウクライナに侵攻すれば、ロシアは大きな代償を払うことになる」と警告する一方で、プーチンが求めた〈NATO不拡大〉に明確な保証を与えようとはしなかった。
目を台湾に転じると、米国は近年、台湾への兵器提供を加速し、政府も議会は台湾防衛を強調している。日本も防衛力を大幅に増強することを決めた。習近平をはじめ、中国指導部が「米国や日本は台湾独立を画策しているのではないか」と不安を募らせていても不思議はない。〈プーチンのロシアにとってのNATO東方拡大〉は〈習近平の中国にとっての台湾独立〉に重なる。将来、台湾が独立志向を強めるようなことがあれば、中国もまた台湾独立派を武力で鎮圧する怖れが強い。
政治でもビジネスでも、相手を追い込むばかりではなく、「相手に逃げ道をつくる」ことが大切な時がある。台湾有事を起こさせないためには、抑止(deterrence)に特化するのではなく、安心供与(reassurance)をバランスよく組み合わせることが必要だ。[12]
中国に対する安心供与の中核は、日米が〈台湾の独立を支持しない〉という保証を中国に与えることである。このことは元来、日米中の間では暗黙の了解事項であった。バイデン政権が昨年10月に発表した「国家安全保障戦略」にも、米国政府は「台湾の独立を支持しない」と明記されている。幸い、現段階で台湾の人々の間に独立の機運は高まっていない。[13] 今のうちから台湾独立の芽を摘んでおこうとすることは、台湾の人々の意思に反するものでもない。
岸田政権は、「台湾独立を支持しない」とダイレクトに表明することは避けるべきとの立場である。[14] 外交的な知恵と言うよりも、自民党内右派勢力の反発を恐れてのことだろう。しかし、台湾を巡る情勢がきな臭さを増す今日、これをはっきり言わずして中国に安心を供与することはできない。日本政府の文書であれ、日中の共同文書であれ、「一つの中国」を再確認し、「台湾独立を支持しない」と明確に表明すべきだ。(ただし、中国による一方的な台湾統一を断固拒否する姿勢は些かも変えてはならない。)
《戦略的柔軟性の発揮が重要》
日本が「台湾独立を支持しない」と言うことは、出発点に過ぎない。そこから米中対立を(解消させられないまでも)小康状態に持って行かなければ、危機は続く。
こう言うと、「夢みたいな話をいくら語っても、米国や中国を動かす力は日本にない」という情けない声が返ってくるかもしれない。だが、ウクライナを見よ。その経済規模(2021年)は米国の115分の1、ロシアの9分の1であり、軍事支出(2021年)も米国の135分の1、ロシアの11分の1に過ぎない。それでもこの国はロシアと1年以上戦って一歩も引かない。そして、ゼレンスキー自身のメディア戦術、PR会社の活用、ロビイング――2021年にウクライナのロビイストが米議会、シンクタンク、ジャーナリストに接触した回数は1万回を超え、あのサウジアラビアを凌駕した――など、あらゆる手段を用いて米国やNATO諸国にも〈圧力〉をかけ続けている。日本がいつまでも〈やらない言い訳〉を探す国であり続けると言うのなら、そもそも国家安全保障戦略など不要である。
腹さえ括れば、日本は米中台に少なからぬ影響力を行使することができるはずだ。CSISのウォー・ゲームからもわかるように、「日本が米国に在日米軍基地を使わせるか否か」は台湾有事を巡る戦争全体の帰趨を大きく左右する。大真面目な話、日本が中立姿勢を取れば、米国は台湾有事への軍事介入を断念せざるを得なくなる可能性すらある。裏を返せば、日本の判断は米国・台湾・中国の全当事者にとって、死活的に重要な意味を持つということ。日本が米中台に働きかけようとするのであれば、これを利用しない手はない。
有事における基地使用の白地小切手を米国に渡しては駄目だ。例えば、「中国が台湾の独立志向を理由に武力行使するような場合には、在日米軍基地の使用を当然視してもらっては困る」と米台に水面下で伝える。一方で中国に対しては、「正当な理由もなく一方的に台湾を武力併合しようとすれば、日本はそれを看過しない」と申し入れる。そして米中の間でシャトル外交を繰り返し、両国の意思疎通と緊張緩和を手助けするのである。[15] 在日米軍基地の使用について肝心なのは、曖昧さを維持すること。「使えることを約束する」と言っても、「絶対に使わせない」と言っても、米国や中国に対するレバレッジは失われる。
おわりに
本稿では、CSISのウォー・ゲームにおける「日本中立シナリオ」を題材にして、兵器や防衛予算とは別次元の国家安全保障戦略について議論した。
台湾有事が起きた際の対応について日本が曖昧戦略を取り、米国の忠実な同盟国であるよりも自主外交の色合いを強めて米台中への外交的働きかけを積極化すれば、日米関係は少なくとも一時的には緊張することが避けられない。しかし、米国に気に入られる先にあるものが、台湾有事と最悪の場合は核戦争のリスクだとすれば、これほど虚しいことはない。ここは気を強く持つべきだ。
韓国や東南アジア諸国を含め、世界の大半の国は「米中のいずれかを取り、他方を捨てる」という選択を避けたいと思っている。日本外交が一石を投じれば、国際的なうねりを作り出すことも不可能ではないと思いたい。
今、日本が気にすべきは、米国の顔色ではなく歴史の評価である。
[1] » 「反撃能力」は台湾防衛のために ~ウォー・ゲームから読み解く新防衛戦略① Alternative Viewpoint 第48号|一般財団法人 東アジア共同体研究所 (eaci.or.jp)
[2] The First Battle of the Next War: Wargaming a Chinese Invasion of Taiwan (csis.org) (報告書全文 https://csis-website-prod.s3.amazonaws.com/s3fs-public/publication/230109_Cancian_FirstBattle_NextWar.pdf?WdEUwJYWIySMPIr3ivhFolxC_gZQuSOQ)
[3] CSISは「基本シナリオ」の下でゲームを3回実施した。その結果は、2回が〈米側の明白な勝利〉、1回が〈米側に有利な膠着状態〉だった。基本シナリオへ米側に有利な条件を付加した2つの「楽観シナリオ」の下で実施したゲームでも、中国は明確に敗北した。基本シナリオへ米側に不利な条件を課した「悲観シナリオ」の下で行ったゲームでは、3回が〈米側の明白な勝利〉、7回が〈米側有利の膠着状態〉、2回が〈不透明な膠着状態〉、3回が〈中国有利の膠着状態〉という判定結果になった。悲観シナリオの中でも極端な条件設定(=台湾が単独で戦うか、日本が中立姿勢をとる)にした2つのゲームでは、中国が明確に勝利する。(なお、以上はCSIS報告書にある記述から私が拾いあげたものであり、全部の回数を合計しても24回にならない。)
[4] 1960年の岸=ハーター交換公文では、「日本国から行なわれる戦闘作戦行動(前記の条約第五条の規定に基づいて行なわれるものを除く。)のための基地としての日本国内の施設及び区域の使用は、日本国政府との事前の協議の主題とする」ことが定められている。台湾有事において括弧内の注記が適用されるか否かについては微妙なところもありそうだ。いずれにせよ、日本の政治指導者にその意志があれば、米軍の基地使用を(法的にか否かはともかく政治的に)拒否することは十分に可能である。
[5] 000098652.pdf (mofa.go.jp)
[6] CSISの報告書本文にはゲームを24回実施したとあるが、巻末付録の総括表によれば、19のシナリオで25回ゲームを行ったことになっている。
[7] 台湾有事と米中戦争が起きれば、日本の態度にかかわらず、世界経済に対して甚大な悪影響を及ぼす。議論を複雑にしたくないため、ここでその点に言及することはやめた。
[8] 2016年に米オバマ政権が行ったシミュレーションでは、ロシアがNATO軍に戦術核を使った場合、米国はロシアではなく、その同盟国であるベラルーシに対して戦術核を用いるという結論に至ったと言う。中国が米国に警告を発するため、まず日本に核兵器を使うというシナリオも机上の空論とは片付けられない。ロシアが核攻撃に踏み切ったらアメリカはどこに報復するか? 米政権内で行われていた机上演習の衝撃的な中身 | 47NEWS (nordot.app)
[9] 中国指導部が領土的または政治的野心から一方的に台湾を武力統一しようとするのであれば、懲罰的抑止が実現する余地はまだある。
[10] 2013年12月に安倍内閣の定めた国家安全保障戦略では、「台湾海峡」という言葉が一回出てきただけで台湾に関する言及はなかった。普通に読めば、新しい国家安全保障戦略で台湾の立場は明らかに昇格している。
[11] The Real Lesson for Taiwan From Ukraine | The National Interest
[12] 誤解してもらいたくないが、中国に安心を提供するだけで台湾有事が防げると思うほど、私は中国を信用していない。外交努力が失敗したときに備えたヘッジ戦略は必ず持っておく必要がある。日本政府の新防衛戦略について言えば、中国という核軍事大国の領土を攻撃するための反撃能力は余計であり、防衛予算増のペースも早すぎる。しかし、継戦能力、スタンド・オフ・ミサイル、無人機、飛行場の分散、サイバー、宇宙等の分野で〈専守防衛の強化・充実に取り組む〉ことは決して間違っていない。
[13] 昨年8月、ペロシ米下院議長訪台とそれを受けた中国軍の大規模軍事演習後に行われた台湾の世論調査でも、「できるだけ早く独立を宣言したい」は6.4%にとどまり、86.1%が「現状維持」を望んでいた。8割強が「中国は友好的でない」 過去22年で最悪=台湾の世論調査 – フォーカス台湾 (focustaiwan.tw)
[14] 2022年11月29日、岸田総理は衆議院予算委員会で末松義規議員の質問に答え、「台湾独立を支持しないとはっきり言えということでありますが、これは、外交上は、どういった言葉遣いをするか、どういった説明をするか、これは極めて大事であります。我が国として、1972年の日中共同声明から今日まで対応は一貫している、変わっていない、これを今申し上げた形で説明をしています。我が国の立場は、こうした説明の仕方を維持していくことが重要であると考えています」と述べた。
[15] 大前提として、日本は中国との間で首脳レベルの意思疎通を格段に強化する必要がある。最近の日本外交は、バイデンが習近平と会うことが決まれば岸田‐習会談をセットし、ブリンケン(国務長官)が訪中しそうになると林が秦剛(外相)と電話会談するなど、〈米国に付かず離れず〉という卑屈さが目立つ。こんなことでは、中国は「日本と話しても大した意味はない」と思うに違いない。中国指導部との間に太いパイプを持たない日本では、米国からも所詮は〈手駒〉以上の扱いを受けない。