2023年1月28日
はじめに
昨年12月16日、政府は新たな安全保障関連3文書(国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画)を閣議決定した。そこで示された新防衛戦略の目玉の一つ、「反撃能力(敵基地攻撃能力)」の保有については、国民の多くが支持しているようだ。例えば、朝日新聞が昨年12月17~18日に行った世論調査では、反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有に「賛成」が56%、「反対」は38%であった。若い世代ほど賛成の割合が多いが、全世代で賛成が反対を上回った。[1] しかし、人々は「反撃能力の実態とは何か」「どのような場合に使われるのか」「いかなる効用やリスクがあるのか」等を正しく理解したうえで賛否を判断しているのか? そうではあるまい。
「反撃能力」については、過去のAVPでも繰り返し、議論してきたところだ。[2] 今般、米国のシンクタンクが公表した2つのウォー・ゲームを点検してみたところ、「反撃能力」の実態が巷間言われているようなものではないことが益々明らかになった。本号では、米国のウォー・ゲームを材料にして、「反撃能力」の本質に迫ってみたい。
2つのウォー・ゲーム
ウォー・ゲーム(War Game)は従来、「机上演習」とも呼ばれてきた。専門家集団を敵・味方のチームに分け、一定の条件の下で模擬戦闘を行うシミュレーションのことだ。[3]
本稿では、2つのウォー・ゲームを取り上げる。1つは、昨年6月に米シンクタンク「新アメリカ安全保障研究所(CNAS)」が発表したもの。[4] もう1つは今年1月9日、「戦略国際問題研究所(CSIS)」が最終報告書を出したもの。[5] CNASは2027年、CSISは2026年に台湾有事が起こり、米中が戦争に突入するという想定に立っている。[6]
誤解を避けるために言っておくが、ウォー・ゲームによって米中戦争の〈未来予想図〉がわかると思ったら大間違いである。そもそも、戦争の始まりから終わりまでを対象にしたウォー・ゲームというものが一般的ではない。CSISのウォー・ゲームがカバーするのは、開戦から3週間乃至最大でも10週間程度。その時点で中国軍が台北を制圧していれば中国の勝利、台湾から駆逐されていれば米側の勝利、いずれでもなければ膠着状態と判定された。CNASの場合は、戦争開始からおそらく数週間後の時点でゲームは終了した。いずれも、その先のことは分析の対象外だ。
また、ゲームの参加者は、彼我の軍の実力(兵器の性能、数、兵隊の練度等)や戦略・戦術等に関する様々な仮定や条件の下、戦争を模擬的に遂行していく。その仮定・条件が変われば、勝敗はいくらでもひっくり返る。もっと言えば、本当の戦争が起きた時、当事者がウォー・ゲームの参加者と同じ決断を下す保証もない。
それでもウォー・ゲームが重視されるのは、模擬戦闘のプロセスや結果を分析・検討することによって、外交・軍事の戦略や政策を見直したり、防衛装備・システムを改善したりするうえで、貴重な教訓が得られるためだ。本稿の問題意識に照らして言えば、2つのウォー・ゲームは、「米国の戦略家たちは『台湾をめぐる米中間の戦争』がどのようなものになると考えているか」について信頼度の高い情報を提供してくれる。それを材料にして「反撃能力」の実態をあぶり出していこうではないか。
反撃能力=ミサイル基地攻撃、という説明
新防衛戦略で導入された「反撃能力」について〈おさらい〉しておく。これは長い間、「敵基地攻撃能力」と呼ばれていたものだ。公明党に配慮した結果、昨年春頃から「反撃能力」という〈本質が表に出てこない〉名前に変わった。日本の領土内や周辺の海空域で反撃する能力であれば、自衛隊は以前から当然持っていた。「反撃能力」の肝は〈敵の領土に対して〉反撃するという点にある。[7] (これより先は、本稿でも「反撃能力」を単に反撃能力と表記する。)
反撃能力を保有すべきだと主張するに当たり、右の政治家や自衛隊OBたちは〈ミサイルの脅威〉を利用した。「中国や北朝鮮のミサイル攻撃技術が質・量ともに進展したため、ミサイル防衛だけでは防ぎきれなくなった。そこで、相手国の領土内にあるミサイル基地――実際にはミサイル発射台付き車両(TEL)――を攻撃する必要がある」というロジックが繰り返し語られてきたのだ。[8]
改訂された「国家安全保障戦略」も、「弾道ミサイル防衛という手段だけに依拠し続けた場合、今後、この脅威に対し、既存のミサイル防衛網だけで完全に対応することは難しくなりつつある」と記した後に、「我が国に対する武力攻撃が発生し、その手段として弾道ミサイル等による攻撃が行われた場合、武力の行使の三要件に基づき、そのような攻撃を防ぐのにやむを得ない必要最小限度の自衛の措置として、相手の領域において、我が国が有効な反撃を加えることを可能とする、スタンド・オフ防衛能力等を活用した自衛隊の能力」を反撃能力と定義した。[9]
去る1月25日の衆議院代表質問でも、岸田総理は反撃能力について「ミサイル攻撃を防ぐのにやむを得ない必要最小限の措置の対象を個別具体的な状況に照らして判断していく」と答弁している。
ネットは言うに及ばず、マスコミもこうした論理を無批判に拡散してきた。大多数の日本国民が「反撃能力は相手国領土にあるミサイル基地を叩くためのもの」というイメージを持っていても、至極当然であろう。
発射台付き車両(TEL)に搭載された中国の中距離ミサイルDF-17 [10]
「ミサイル発射台付き車両の破壊」は出てこず
中国軍が大量に配備する中距離精密誘導ミサイルを非常に大きな脅威とみなす点に、米国も日本も変わりはない。特に、地上発射式の中距離ミサイルについては、中国軍が米軍を「2,000超対0」のオーダーで圧倒している。
一方で、米軍は自衛隊が今後保有する見込みのスタンド・オフ・ミサイルと同様の性能を持った中距離精密誘導ミサイルを相当数保有しており、今後も増強する方針だ。米軍に配備済みの統合空対地スタンドオフミサイル(JASSM)や長距離対艦ミサイル(LRASM)の射程は1,000㎞から600㎞。[11] 基本的には航空機に搭載してグアムや在日米軍基地、空母から発進させ、中国本土に接近してから発射すれば、中国領内への攻撃も可能だ。その他、水上艦や潜水艦から発射されるトマホークも射程は1,200㎞から3,000㎞。アラスカ、ハワイ、グアムから戦略爆撃機を飛ばして空爆を行うという選択肢もある。[12]
反撃能力に関し日本で行われている論理が妥当であれば、台湾有事に米国が軍事介入するという前提で行われた2つのウォー・ゲームでも、米軍は中国領土内のミサイル(TEL)の破壊に鋭意務めたはずだ。実際にはどうだったか?
CNASとCSISのいずれのゲームにおいても、中国チームは中距離精密誘導ミサイル――その多くはTELから発射された――によって台湾、グアム、在日米軍基地、自衛隊基地、日本にある民間飛行場等を攻撃し、大きな打撃を与えた。これに対して米国チームは、台湾に上陸した中国軍部隊を孤立させるため、増援・補給部隊を乗せた中国艦船を台湾海峡や中国国内の港で攻撃したり、中国軍の飛行場等を破壊して中国側から航空優勢を奪おうとしたりした。しかし、報告書をいくら読んでも、米軍が中国領内に展開する中国軍のTELを攻撃したという記述は出てこない。
中国軍によるミサイル攻撃への対応としては、空軍機等を分散させて被害を極力抑制する一方で、専門部隊によって破壊された滑走路等の復旧に努めたことが窺い知れるのみだ。米軍も中国軍も緒戦段階から大量の精密誘導ミサイルを使い、両軍は比較的早い段階でミサイルの〈在庫〉不足に苦慮するようになった。それに伴い、中国軍によるミサイル攻撃もペース・ダウンしていく。そうとは明記されていないが、米軍のミサイル対策の基本は、中国軍のTELを破壊することではなく、中国軍にミサイルを撃ち尽くさせることであった。
人民解放軍東部戦区 [13]
実は、TELのような移動する標的を遠方からミサイルで攻撃することは、軍事的には非常識と考えられている。その理由はAVP第43号「『敵基地攻撃能力』論議の真実」で詳しく説明したが、ここで最も簡単な説明を一つ、繰り返しておこう。[14] 攻撃兵器となる巡航ミサイルの速度はせいぜい飛行機程度。沖縄から撃ったとして、それが中国領内の目標地点に到達するまでに1時間内外はかかる。その頃には、相手のTELはまんまと逃げおおせている、というわけ。これまでに米国のトマホークが破壊した実績も、シリアの飛行場など「固定目標」に対するものばかりである。
どうしても中国領内のTELを破壊する、と言うのであれば、航空機で中国領内へ侵入し、上空からTELを空爆するしかない。だが、中国の統合防空システムは、CSISの報告書が「中国本土上空を飛行する作戦は立案すべきではない」と勧告しているくらい、強力だ。無理に突っ込んでも神風特攻隊になってしまう。
CNASとCSISのウォー・ゲーム報告書に「米軍が中国領内でTEL攻撃を行った」という報告が見当たらなくても、何も不思議なことはない。「中距離ミサイルを保有して敵国にあるミサイル発射台付き車両を攻撃する」という反撃能力の論理は〈壮大なフェイク〉だったのである。
反撃能力で攻撃するのは固定目標
では、反撃能力によって自衛隊は中国領内で何を標的として攻撃するのか? ずばり、米軍が攻撃する対象と同じものになる、と考えるのが自然である。
CNASのウォー・ゲームで米軍が攻撃した中国領内の目標は、①中国の港湾に停泊する、台湾上陸を準備中の中国艦船、②中国軍の飛行場、③南京にある東部戦区司令部、④中国領内にある早期警戒レーダー等であった。CSISのウォー・ゲームでもやはり、中国本土の港湾や空軍基地が攻撃対象となった。[15]
台湾をめぐって米中が戦うことになれば、日本政府は存立危機事態や武力攻撃事態を認定できる。そうなれば、集団的自衛権または個別的自衛権の行使として、自衛隊が上記のような中国領内の固定目標を攻撃することも、法律上は可能だ。反撃能力と呼ぶか否かはともかく、台湾の軍事目標を狙う可能性も排除されない。
ここでもう一度、先に紹介した安保3文書における反撃能力の定義に戻ってみよう。よく読めば「攻撃対象をミサイルに限定する」とは書いていない。その時の判断で柔軟に判断する余地はしっかりと残されている。[16]
日本政府や自民党は今後、台湾有事絡みではなく、もっとシンプルに中国が日本を攻撃してくるという想定を前面に出して固定目標に対する反撃能力を正当化しようとするかもしれない。しかし、予見しうる将来、日中が戦うとすれば、台湾有事で米中が戦う結果以外には考えられない。百歩譲って尖閣を巡って日中が軍事衝突したとしても、絶海の無人島のために後で見るエスカレーションのリスクを冒して中国領内を攻撃することは正気の沙汰とは思えない。万一尖閣を獲られたら、スタンド・オフ・ミサイルで上陸部隊を撃破するのが賢明である。
12式能力向上型ミサイルと反撃能力
自衛隊が反撃能力として使う兵器は、精密誘導型の中距離巡航ミサイルになる。その中核は、12式地対艦誘導弾(射程約200㎞、国産)を改良して射程を1,000㎞程度に伸ばし、陸・海・空に配備する〈国産スタンド・オフ・ミサイル〉と、急遽米国から購入することにした〈トマホーク・ミサイル〉の二本立てである。[17]
現在開発中の12式能力向上型は、巡航ミサイルであるため速度はあまり出ないが、最新鋭の精密誘導型でステルス性能を持つ。早ければ2026年度にも、南西諸島を中心に配備される地上発射型(TEL)や護衛艦等に搭載される艦艇発射型が登場し始める。空中発射型(戦闘機搭載)の配備は2030年代になりそうだと言う。配備数は公表されない。新聞には1,000発とか1,500発という数字も出ていたが、信憑性はまったく不明である。[18]
12式能力向上型は対艦・対地攻撃の両用に使える。従来は、日本を攻撃するために接近してくる中国軍艦船を東シナ海上で(相手の迎撃ミサイルの射程の外から)迎撃する「スタンド・オフ・ミサイル」として使用することが想定されていた。しかし、反撃能力の保有が決まった今、12式能力向上型の役割は二重になった。空中発射型や艦艇発射型で中国本土にある程度近づいて発射するか、先島諸島から撃てば、中国沿岸部の固定目標を攻撃することも不可能ではない。[19]
だが、そのうえで私の考えを言うと、現実問題としては、12式能力向上型を使って中国領内を(大々的に)攻撃することにはなりにくい、と思う。
2つのウォー・ゲームからも窺えるとおり、米国の戦争目的は「台湾占領の阻止」である。米軍の最優先事項も、台湾に上陸する陸上部隊と補給物資を積んだ中国軍の艦船を撃破することになる。米軍が自衛隊にまず望むのも、中国領内の固定目標を攻撃することではなく、台湾上陸作戦を行う中国軍への対艦攻撃に参加することだろう。その結果、自衛隊が保有する12式能力向上型ミサイルはあっと言う間に減少する。そのうえに12式能力向上型を中国領内に対する反撃能力として使えば、〈日本防衛のために対艦攻撃を行う〉という最重要任務に回せる12式能力向上型ミサイルはほとんど残らない。いくら何でもそんな愚かな真似はできまい。
トマホークと反撃能力
トマホークの方は、2026年度から海自護衛艦に配備される見込みである。将来的には潜水艦からの発射も目論んでいるのだとか。配備数は最大500発等の報道もあるが、これも正確なところはわからない。[20]
トマホークの最大射程は1,600㎞と12式能力向上型よりも長い。変則軌道で飛ばしても、中国のある程度内陸部まで届くだろう。自衛隊が購入するトマホークは対地攻撃用なので、対艦攻撃には使えない。その意味でトマホークはまさに、反撃能力のために買うミサイルだと言ってよい。ただし、トマホークもミサイル発射台付き車両(TEL)などの移動目標を攻撃することはできない。標的はあくまでも固定目標になる。
トマホーク・ミサイル [21]
トマホークの特徴を端的に言えば、「古くて、安い」こと。ただし、安いと言っても、新型ミサイルに比べれば、ということであり、1発数億円はする。1970年代から開発され、基本的な設計思想は今も変わらないため、性能的には今一つ。巡航ミサイルなので速度はジェット機よりもいくらか遅い。近年開発されたミサイルとは異なり、ステルス性能もない。イラクやシリア等ならいざ知らず、中国のように現代的防空網の発達した国に使っても効果は低い、と言われていた。[22]
トマホークを撃つには、標的や飛行経路の画像情報を予め読み込ませておく必要がある。自衛隊はその情報を持っていないので、米国から提供を受けるしかなさそうだ。つまり、日本は米国の許可なしにトマホークを使うことができないということ。米国から買ったトマホークを米国から言われた目標に向かって撃つ、という皮肉な見方もできよう。いずれにせよ、〈自前の〉反撃能力ではない。
核のエスカレーションと背中合わせ
最後に、「中国領内を攻撃することは戦略次元でどのような意味を持つのか?」ということについても見ておこう。本稿でとりあげた2つのウォー・ゲームは、この問題を考えるうえでも極めて重要な示唆を与えてくれる。非常に興味深いことに、いずれのウォー・ゲームにおいても、米国チームは中国領内への攻撃について「イケイケどんどん」の態度を見せなかった。
2つのウォー・ゲームとも、米中戦争はエスカレーションの道をたどった。米国が軍事介入したり、戦局が中国にとって思わしくなくなったりしても、中国が「もうやめます」となることはなかった。それはそうだろう。中国にとって、戦闘の放棄はすなわち、台湾独立を認めること。そうなれば、中国共産党の統治の正当性は根本から崩れかねない。ウォー・ゲームに参加した中国チームの面々も、軍事的抑止論だけから自らの行動を選択することはなかった。
米国の軍事力を以てしても、こうだ。日本が反撃能力を保有しても、戦争がエスカレートしていくという基本構図が変わることはあり得ない。
CNASのウォー・ゲームでは、中国チームは台湾上陸作戦に先駆け、台湾の軍事拠点、グアムの米軍基地、在日米軍基地、自衛隊基地等を攻撃する。これを受け、米国チームは中国の港に停泊する中国艦船を巡航ミサイルで攻撃した。次は中国チームが反応し、グアム、日本、豪州、フィリピン、ハワイへと、ミサイル攻撃を量と範囲の両面で拡大した。すると、米国チームは中国軍の指揮命令系統の機能低下を狙い、東部戦区司令部(南京)や中国領内にある早期警戒レーダーをミサイル攻撃した。
その後も両者の間でエスカレーションは続く。ただし、米側は中国領内を攻撃する際に目標選定や攻撃規模の面で一定の自制を働かせた。過剰な攻撃が中国の政治体制の動揺を招き、核兵器の使用を招かないかと懸念したためだ。しかし、米本土を有効に攻撃できる通常兵器(長距離ミサイル)を十分に持たない中国側は徐々に焦燥感を募らせた。そしてついに、中国チームはハワイ沖上空で戦術核を爆発させる。住民への直接的被害はなかったものの、電磁パルスの影響で米軍の通信や電気系統はほとんど遮断された。ゲームはここで終わった。
CSISのウォー・ゲームでも、日本に対する攻撃を含め、米中間で戦闘はエスカレーションの様相を見せる。ただし、米国チームが中国領内を攻撃したのはごく限られたケースにとどまった。[23] 中国領内への攻撃が中国による核兵器の使用につながることに対し、警戒感が非常に強かったからだ。CSISの報告書には「核保有国の領土を攻撃すれば、核のエスカレーションを警戒しなければならない。敵対する国家の双方が、核保有国の本土を攻撃することについて極めて慎重な態度を取ってきた」という記述も見られる。[24]
CSISのウォー・ゲームにおいては、「米軍は大統領から中国本土への攻撃を禁止される」という条件のついたものまで登場する。「中国本土への攻撃を行えば、エスカレーションの深刻なリスクが生まれる」という警戒感は本物だ。CSISの報告書は「中国との戦争が実際に起きた時、大統領は中国に対する領土攻撃を許可しないかもしれない」と注意喚起し、中国領内を攻撃できない場合の戦争計画も策定しておくべきだと勧告している。
かたや日本では、メディアに出てくる人たちが「反撃能力で相手の領土内を攻撃できるようになったことは画期的だ」と浮かれたコメントを繰り返している。絶望的な平和ボケと言うしかない。
おわりに
本稿では、米国のシンクタンクが実施した2つのウォー・ゲームを素材にして反撃能力の実態に迫った。最後にその要点をまとめると、以下のとおりだ。
第一に、反撃能力が現実に使われるとすれば、中国軍の台湾侵攻を妨害するために中国軍の飛行場、港湾、レーダー施設等を攻撃することになる可能性が高い。日本をミサイル攻撃から守るために中国領土内のミサイルを主な標的にするかのごとき説明はイカサマである。
第二に、核保有の軍事大国である中国の領土を攻撃すれば、エスカレーションのリスクが極めて大きい。最悪の場合、核兵器が使われる危険性も認識しておく必要がある。米国は中国領内への攻撃を認めない可能性がある一方、米国がそれを認めて日本も同意すれば、対中戦争の最前線となる日本が壊滅的な被害を受ける事態も十分起こり得る。
第三に、反撃能力は米国の同意または要請の下にしか行使できない。戦術的には、標的に関する情報提供やエア・カバー等で米軍の協力がなければ中国領内をミサイル攻撃できない。[25] 戦略的にも、核を含めたエスカレーションに対して日本単独では備えようがない。
反撃能力の保有に賛成する国民の多くは、それが日本の国民と国土を守るために使われ、日本の安全を高めると信じているに違いない。しかし、日本と中国が戦うことになる可能性が最も高いのは、台湾独立を巡って中国が武力行使し、米国の軍事介入に伴って日本に飛び火するケースだ。その場合、反撃能力も一義的には台湾防衛を目的として使われることになる。「台湾有事では日本も攻撃されるのだから、台湾防衛=日本防衛だ」と言うのは詭弁にすぎない。
我々は台湾のためにどれほどの犠牲を甘受すべきなのか? 「自由や民主主義のために戦う」などと価値観に酔ったりせず、シンプルに考えたら答は明らかである。
[1] 敵基地攻撃能力「賛成」56% 年代別、18~29歳が最高 朝日新聞社世論調査:朝日新聞デジタル (asahi.com)
[2] 例えば、以下。» 「敵基地攻撃能力」論議の真実 Alternative Viewpoint 第43号|一般財団法人 東アジア共同体研究所 (eaci.or.jp)
[3] 本稿で取り上げるCNASのウォー・ゲームは、米テレビ局とコラボして番組として放映された。今日、ウォー・ゲームの態様は多様化しているが、下記を見ればウォー・ゲームの雰囲気を掴むことができよう。War Games: The Battle For Taiwan – YouTube
なお、安保3文書を発表した日に行われた記者会見の席上、岸田総理は「我が国に対する脅威を本当に抑制できるのか、あるいは脅威が現実となった場合に国民の命を守り抜くことができるのか、現実的なシミュレーションを行った」と述べた。岸田の言う「シミュレーション」は、局地的な戦闘を想定したうえで攻撃兵器と防御兵器の命中率・残存率・損耗率等を入力し、コンピューターで最適解を算出する「オペレーションズ・リサーチ」のことを指す模様だ。本稿で見るウォー・ゲームとは性格を異にするものと考えるべきである。
[6] 残念ながら、公表された報告書からウォー・ゲームの全容を詳細に知ることはできない。民間シンクタンクのプロジェクトであっても、国家安全保障上、機微にわたる部分はセキュリティ・クリアランスのようなものがかかるのかもしれない。
[7] 戦争になれば、敵の領土内を攻撃するかもしれないことは世界では当たり前のことである。それをわざわざ「敵の領土内を攻撃できる」と政府文書に明記し、国をあげて騒ぎ立てるのだから、日本はどうかしている。
[8] 例えば、小野寺五典元防衛大臣が2022年11月22日に行った講演(9分10秒~11分40秒)を聞くと、反撃能力の対象は明確に「敵領土内にあるミサイル」である。第21回安全保障シンポジウム 基調講演 小野寺 五典 元防衛大臣 (netj.or.jp)
[9] 安保3文書の本文においては、ミサイルの脅威を強調する一方で、反撃能力の対象が相手領域内におけるミサイルに限定されるような記述は巧妙に避けられていることに注意してほしい。(後述。)
[11] バージョンによって射程は変わる。
[12] ただし、中国の防空システムが機能している限り、ステルス性能の高い米軍機であっても中国本土上空への侵入にはリスクが伴う。
[13] By Office of the United States Secretary of Defense – Office of the Secretary of Defense – 2020 Annual Report to Congress: Military and Security Developments Involving the People's Republic of China, Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=123609831
[14] » 「敵基地攻撃能力」論議の真実 Alternative Viewpoint 第43号|一般財団法人 東アジア共同体研究所 (eaci.or.jp)
[15] CSISのウォー・ゲームでは、米軍が中国本土の港湾や空軍基地を攻撃したのは、台湾に上陸部隊や補給物資を運ぶ中国軍の艦船をJASSMで攻撃できなかったケースのみである。(後述)
[16] テレビ等では「相手領土にあるミサイルを攻撃する」と強調する。その一方、公式文書ではミサイルの脅威を強調することによって読み手に「攻撃対象は相手のミサイルである」と文脈上思わせながら、実際には攻撃対象を明記せず政府のフリーハンドを残す――。よくある政府の手口がここでも使われている。
[17] 正確に言うと、日本が今後保有するスタンド・オフ・ミサイルには、12式改のみならず、ノルウェー製のJSM(F-35に搭載、射程500㎞)や米国製のJASSM(F-15に搭載、射程900㎞)なども含まれる。
なお、スタンド・オフの考え方については、AVP第43号のコラム②を参照のこと。 » 「敵基地攻撃能力」論議の真実 Alternative Viewpoint 第43号|一般財団法人 東アジア共同体研究所 (eaci.or.jp)
[18] 【独自】長射程巡航ミサイル、1000発以上の保有検討…「反撃能力」の中核に : 読売新聞オンライン (yomiuri.co.jp)
<独自>長射程ミサイル1500発規模整備へ 防衛省 – 産経ニュース (sankei.com)
[19] 速度の遅い巡航ミサイルは変則軌道を飛ぶため、最大有効射程の半分強しか実戦使用上の計算が立たない。沖縄本島から撃って実戦上、役に立つかと言うと疑問だ。また、航空機や艦船で中国本土に近づけば近づくほど、
[20] トマホーク最大500発購入へ、反撃能力の準備加速…8年前に購入の英は65発190億円 : 読売新聞オンライン (yomiuri.co.jp)
トマホーク四百数十発を配備へ 敵基地攻撃の手段に 政府方針 | 毎日新聞 (mainichi.jp)
[21] U.S. Navyderivative work: The High Fin Sperm Whale – Tomahawk_Block_IV_cruise_missile.jpg, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=10306425による
[22] 日本がトマホークを発射しては中国の防空ミサイルにわざと迎撃させ、中国の防空システムが手薄になったところを狙って米軍が中国領内の飛行場や港湾等を叩く、という〈露払い〉的な運用になる、という見方もあるようだ。
[23] CSISの米国チームが中国本土を攻撃したのは、対地攻撃用中距離ミサイル(JASSM)を対艦攻撃用に転用することができず、中国艦船に対する攻撃が不十分だった時のみである。この場合、米軍はJASSMを使って中国領内の港湾に停泊中の中国艦船を攻撃した。(他には、台湾に上陸した中国軍に使わせないようにするため、JASSMで台湾の空港を破壊した。)
[24] 朝鮮戦争の際に米軍が中国やソ連領内に対する空爆を控えたのも、核使用に対する懸念からであった。ウクライナ戦争においても、米国はロシア本土に届く攻撃兵器をウクライナに提供していない。
[25] 巡航ミサイルで中国領内を有効に攻撃するためには、戦闘機等で中国本土へある程度接近してから発射する必要がある。中国に近づけば近づくほど、航空優勢上は不利な状態になるため、護衛等の面で米軍の協力が望まれる。