東アジア共同体研究所

対中防衛戦略の要諦は「専守防衛の充実」にあり~ウクライナ戦争に学ぶ日本の防衛力整備③   Alternative Viewpoint 第45号

2022年11月5日

はじめに

現在政府内では、年末に「安全保障戦略」、「防衛大綱」、「中期防衛計画」を改訂すべく、作業が進められている。自民党も今年4月に安保提言をとりまとめた。念頭にあるのは中国、北朝鮮、ロシアだが、その中でも対中国が最も重要な課題であることは言うまでもない。だが、政府・自民党の議論を聞いていても、「敵基地攻撃能力(反撃能力)を持て」とか「トマホークを買うべきだ」という〈戦術的な議論〉や〈武器購入リスト〉の話ばかり。〈対中戦争の性格〉や〈日本は何を目標として中国と戦うのか?〉といった戦略論は何一つ窺い知ることができない

今年5月以降、AVPでは専守防衛、敵基地攻撃論、ウクライナ戦争の教訓等について議論してきた。[1]  それらを踏まえ、本号では対中防衛戦略の最も基礎となる部分を論じてみたい。

 

台湾有事がすぐ起きることはない。だが・・・

最初に言っておくが、私は日本が台湾を巡って中国と戦うことには大反対である。台湾有事や中国との戦争が差し迫っているとも思わないAVP第37号でも述べたが、ウクライナ戦争におけるロシアの苦境を目の当たりにした中国共産党指導部は、台湾の武力統一に益々慎重になっているはずだ。また、日本の防衛費増額は必要だと思ってはいるが、GDP比2%まで増やす合理性はないし、税金の浪費でさえあると考えている。

トゥキディデスの罠≫

そのうえで言えば、「台湾を巡って武力が行使される事態は将来にわたってあり得ない」と無視するわけにもいかない。米中間では、国力の接近に由来して所謂「トゥキディデスの罠」が働き、軍事・政治・経済面で競争が激化している。それを避けるための叡智を米中の政治指導者に期待しても〈ないものねだり〉であろう。それでなくても、米国はライバルが現れれば全力でそれを潰しにかかる国。民主党も共和党も選挙対策上、「中国叩き」と「台湾支援」のアピールに懸命だ。中国の方も、戦狼外交や軍拡、経済的威圧といった他国の警戒心を煽る行動を改めようとしない。香港に対する締め付け強化も「一国二制度」に対する信頼性を貶めた。さらに今般、中国共産党の新指導部は軍事委を含めて習近平総書記のイエスマンで固められた。ウクライナ侵攻の前、ロシアにとって都合のよい情報しかプーチン大統領に届かなかったのと同じ事態が中国で起き、習近平総書記の判断を狂わせないか、と少し心配になる。

台湾も防衛力の増強を加速しつつある。日本の防衛政策も対中シフトと軍備増強に余念がない台湾世論に独立志向があまり見られないことは数少ない安心材料と言える。しかし、NATO加盟に関するウクライナ国民の態度が過去10年間で大きく変わったことを考えれば、これとて将来は不透明。ウクライナ戦争以降、蔡英文総統は民主主義の防衛や米国・日本との連携を強調する発言が増えている。もしも将来、台湾が独立に向けた動きを強まれば、中国共産党指導部は武力に訴えてでもそれを阻止しようとするだろう。[2]

必要な備え≫

万一台湾有事が起きて米国が軍事介入すれば、米国の同盟国であり米軍に基地を提供している日本も戦争当事国になる可能性が非常に高い。関係国の間違ったハンドリングによって台湾有事が起きるとすれば、憤懣やるかたない。しかし、火の粉が降りかかってくれば、振り払わなければならない。好きで言うのではないが、防衛力は整備せざるを得ない。

だが、ここで注意すべきことがある。日本の対中防衛戦略や防衛力整備の内容によっては、台湾独立を奨励したり、中国の不安感を必要以上に高じさせたりすることも十分にあり得る。その結果、台湾有事の起きる可能性を高めたのでは、元も子もない。単なる軍事オタクの議論に堕することのないよう、細心の注意を持って議論しなければならない。

コラム① 台湾有事は近づいたのか?

先ごろ開かれた第20回共産党大会で習近平は、台湾について「最大の誠意と努力で平和的な統一を堅持するが、決して武力行使を放棄せずあらゆる必要な措置をとるという選択肢を残す」と発言した。これを受けて日本のメディアは「習近平が台湾統一のために武力行使も辞さない姿勢を示した」と伝えた。しかし、習発言の前段を素直に読めば、「基本方針は平和統一」ということだ。習は武力行使の対象が「外部勢力による干渉と極めて少数の『台湾独立』分裂勢力と分裂活動」であるとも言っているので、後段は「台湾が独立に向かえば武力行使を厭わない」という〈いつもながらの〉決意表明である。習が共産党大会でこれを言わなければ、「中国共産党指導部は台湾独立を容認した」と受け止められ、中国国内や世界中は大騒ぎになっていたことであろう。

他方では、去る10月26日にアントニー・ブリンケン米国務長官は「(中国共産党が)現状維持はもはや容認できないと判断し、統一に向けたプロセスを早めることを望んでいる」と述べた。ここでブリンケンが言及したのは「〈統一〉に向けたプロセス」であり、「〈武力統一〉に向けたプロセス」ではないことを見落としてはならない。確かに、中国は「米国が言葉の上では『一つの中国』政策を守ると言いながら、実際には漸進的にそれを空洞化させている」という現状に我慢できなくなっているかもしれない。「軍事演習の激化や経済的恫喝など、台湾に対する圧力を強化することによって〈台湾独立の芽〉を摘まなければならない」と中国共産党指導部が決心した可能性はある。いずれにせよ、中国は台湾を〈武力〉統一する方針を固めたわけではない。[3]   台湾や米国(及び日本)が傍観しない以上、中国が台湾を武力統一を実行するのに必要な軍事力を手にできる時期も不明だ。

 

対中防衛戦略の基本想定

中国と台湾・米国・日本の間で戦争が起きれば、それはウクライナ戦争と同様に「核保有国を当事者に含むハイエンド紛争(=大規模かつ高烈度で、テクノロジー的にも洗練された通常兵器による戦争)」となる。AVP 第42~44号では、ウクライナ戦争から導き出される軍事戦略上の教訓について検討した。以下では、それらを「台湾有事に由来する対中戦争」に当てはめることを基本としつつ、対中戦争の基本想定を作成してみたい。

日本は何を戦略目標に据え、どのような戦いを目指すべきなのであろうか?

 

1.  核攻撃を回避する

2月24日の開戦以来、ウクライナは少なくとも本格的な形ではロシア領内を攻撃していない。[4]  それに対し、「ロシア軍の本拠地を叩けないという『専守防衛』の方針で戦っているから、ウクライナは〈やられっぱなし〉なのだ」と批判する論者もいる。[5]  だが、憲法9条を持たないウクライナに日本流の「専守防衛」に似た防衛思想があるわけもない。ロシア領内を攻撃すれば、核兵器の使用を含め、ロシア軍がウクライナ攻撃をエスカレートさせる――。この現実があるからこそ、ゼレンスキー政権はロシア領内を攻撃してこなかったのである。(クリミアを含めた「ロシア領」の持つ意味に二重性があることについてはコラム②を参照のこと。)

ウクライナを強力に支援する米国も、ゼレンスキー政権がロシア領内へ攻撃を加えることは認めていない。バイデン大統領はロシアがウクライナへ侵攻する以前の段階で米軍がロシア軍との戦闘に直接関与することはないと断言した。これも、ウクライナがNATOに加盟した〈条約上の同盟国〉ではないからではなく、米露が戦えば全面核戦争にエスカレートする可能性が高いことを自覚しているから。ロシアが〈核兵器を持たない軍事大国〉であれば、米国やNATOはとっくにロシアを攻めていただろう。

コラム② ウクライナ戦争における「敵の領土」問題と核使用の危険性

最近のウクライナ情勢は、武器・弾薬・兵力の面で継戦能力を低下させたロシアに対し、米欧から豊富な武器・弾薬・軍事情報の提供を受けるウクライナが東部・南部で反攻を強めている。かつては「2月24日以前の状態に戻したい。それから交渉のテーブルにつくつもり」と述べていたゼレンスキー大統領も、クリミアを含めた全土奪還への意欲を隠さなくなった。[6]

クリミアや先ごろロシアが(一方的に)併合した東部4州は、ウクライナから見ればウクライナ領であり、その奪還は「敵の領土に対する攻撃」とは言えない。しかし、当該地域はロシアから見ればロシア領であり、ウクライナの攻撃は「ロシア領土への攻撃」となる。AVP 第42号では、「今後ウクライナによるクリミア奪還の芽が出てくれば、プーチンが核兵器の使用に踏み切る可能性が高まる」と指摘していた。その後の展開は私の懸念した方向に向かっているように見える。[7]

ロシアが核使用を仄めかしているにもかかわらず、ゼレンスキーやウクライナ指導部は何故、強気を貫いているのか? 本音では「2月24日以前の線までロシア軍を後退させられればよい」と考えていても、軍や国民の士気を高めるために今は拳を振り上げているというのであれば、まあよい。だが、ロシアに対する怨念に凝り固まったゼレンスキーたちが最近の戦勝に高揚し、「ロシアの小型核、何するものぞ」という雰囲気になっているとすれば、非常に危うい。10月8日に行われたBBCとのインタビューでゼレンスキーは「ロシアが(核使用に)踏み出したときに何がどうなるかを、なぜ私たちが考えなくてはならないのか」と述べている。[8]

2019年9月にプリンストン大学の研究者たちが行ったシミュレーションは実に衝撃的だ。ロシアとNATOの間で戦争が勃発し、通常兵器による戦闘で形勢不利となったロシアが警告として戦術核一発を発射。これにNATO側は戦術核一発を以って報復する。そこから双方の核攻撃はエスカレートし、4時間も経たないうちに全世界で9千万人の死傷者(死者3千4百万人)を出すという結果が導かれた。[9]  プーチンに非があるからと言って、世界の未来をゼレンスキーたちに委ねてよいわけがない。

中国への領土攻撃と核使用のリスク≫

中国はロシア同様に核保有国である。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)は、中国の保有する核弾頭数2022年1月時点で約350発と見積もり、米国防総省は2030年までに1,000発を超えると予想する。地上発射型を中心に、潜水艦発型や空中発射型のミサイルなど、核の運搬手段も十分に保有している。
日本は広島、長崎で原爆の犠牲になった。今後、日本が核兵器の犠牲になることはあってはならない。ましてや、対中戦争のきっかけは台湾の独立である。他国の民主主義や価値観のために核兵器を落とされるなど、私は真っ平御免だ。したがって、中国との間で戦争が起きた場合も、中国本土に対する敵基地攻撃は一種の〈禁じ手〉と考えざるを得ない。

こう言うと、「そんな弱気でどうする?」と怒る人もいるだろう。しかし、そんな人たちの大好きな「敵基地攻撃能力」保有論は、AVP 第43号で述べたような技術的問題をクリアできていないだけでなく、AVP 第42号で述べたように「敵基地攻撃が効果をあげて中国を追い込めば、中国は戦局を打開するために、核兵器を使うかもしれない」という本質的矛盾を孕んでいる。[10]  その場合、中国はいきなり米本土を攻撃するのではなく、米国への「警告」として同盟国の日本を核攻撃可能性の方が高い

ロシアにせよ、中国にせよ、「自国領土が攻撃されて追い込まれれば、〈必ず〉核兵器を使う」というわけではない。しかし、AVP 第42号で触れた「エスカレーション抑止」のように「米国の拡大核抑止があっても核兵器は使える」という考え方も一部では台頭している。小型核の配備拡大はその傾向に拍車をかけた。[11]  万一使われたら、小型核であっても広島・長崎くらいの被害は想定せざるを得ない。前述のプリンストン大学のシミュレーションが示唆するエスカレーションの危険は米中核戦争にも当てはまる。中国の保有する核弾頭数はロシアよりも少ないが、それでも想定される被害は我々の許容限度を遥かに上回る。「中国が核を使うとは限らない」と言い募って中国の領土をガンガン攻撃するのは〈匹夫の勇〉である。

米国による敵基地攻撃≫

米国が台湾有事に軍事介入した場合も、米国大統領は中国指導部が核兵器の使用を考慮するような状況は基本的には作りたくないはずである。仮に日本が敵基地攻撃能力の類いを持ったとしても、米国は日本が勝手に中国領内を攻撃することは絶対に認めまい情報提供や航空優勢確保等の面で米軍の協力が得られなければ、日本単独での敵基地攻撃能力など〈机上の空論〉にすぎない

むずかしいのは、戦局が米台日の不利に傾いた場合である。例えば、日本やグアムの米軍基地や米空母が大打撃を被って米側が航空優勢を完全に失った時、米国大統領は中国大陸にある空軍基地や港湾に同様の被害を与えたいと考えるかもしれない。[12]  それで痛み分けになって停戦に向かえばよいが、米中双方が「エスカレーションの梯子」を登る可能性も排除できない。

仮に中国の領内を攻撃する必要が生じたとしても、直接的な攻撃は米軍に任せ、自衛隊は米軍の支援に徹する方が賢明だし、作戦上の効率も高い、というのが私の考えである。[13]  日本に最も求められるのは、米国の行動がエスカレーションを引き起こさないよう目を配り、米国に自制を促すという役割だ。「エスカレーションの梯子」の先にあるのが日本に対する核攻撃かもしれないという現実を日本の指導者は片時も忘れるべきではない。

 

2. 既成事実化を阻止し、長期戦・消耗戦に持ち込む

中国本土を攻めて屈服させる、という戦略が現実的でないとしたら、日本はどうしたらよいのか? 私は、日本の対中防衛戦略は「いかに負けないか」と「いかに犠牲を抑えるか」という2つの命題を追求すべきだと考える。
ヒントを与えてくれるのがウクライナ戦争だ。ウクライナ戦争は、「中国による戦略的な要衝の『既成事実化』を許さず、少なくともある程度の長期戦に持ち込むことができれば、負けないで済む」可能性があることを示している。

日本が阻止すべきは「広義の既成事実化」≫

ウクライナ戦争では、2月24日の開戦から8か月以上が経過した今、侵攻された側のウクライナは西側から豊富な軍事支援を受けて〈善戦〉する一方で、侵攻した側のロシアは武器・弾薬や兵員の不足から守勢に回っている。この状況を作り出した軍事戦略上のポイントは、首都キーウをはじめとする戦略的重要拠点のロシアによる「既成事実化」をウクライナ側が阻止し、西側の大規模な支援を得ながら軍事・経済・金融・技術等にまたがる長期戦・消耗戦に持ち込んだことであった。(AVP 第44号を参照のこと。)

「既成事実化」とは、基本的には「領土を獲られてその状況を簡単に覆せなくなる」ことを指す。陸上部隊によって日本の領土を獲られ、既成事実化されれば、もちろん最悪の事態である。ただし、台湾独立に起因した有事であれば、中国の最大関心事は台湾に独立を断念させること。陸上部隊による侵攻があるとすれば、まず台湾だ。米台日を相手に海上優勢・航空優勢を獲って大兵力の陸上部隊を送ることは、今の中国軍にはできない近い将来も極めて困難であり続ける。ましてや、台湾と日本の二正面へ陸上部隊を派遣するのは論外と考えられる。
例外は南西諸島だ。有事の際に侵攻されるリスクを軽視するには、台湾に近すぎる。この地域を占領されれば、住民保護の観点はもちろん、戦争を遂行する上での重要拠点を奪われるという軍事上のマイナスも極めて大きい。

以上は既成事実化を阻止すべき対象を「領土」に限定した議論である。だが、日本は四方を公海・公空に囲まれているうえ、国土に奥行きがないドローンを含めた中国軍機や艦船が日本周辺で自由に行動できるようになれば、我が国の領土が頻繁に砲撃にさらされる怖れも出てくる。[14]
ウクライナ戦争の教訓を日本へ当てはめる場合には、「既成事実化」の概念を少し広げて考えた方がよい。すなわち、単に領土を占領されないということにとどまらず、日本周辺で航空優勢・海上優勢を確保することを含めた「広義の既成事実化阻止」を対中防衛戦略の目的とすべきだ。自衛隊が航空優勢・海上優勢を獲っていれば、相手は陸上部隊による上陸作戦どころではなくなり、狭義の「既成事実化」も防げる

海と空で迎え撃つ≫

領海及び領空(領海の上空)の範囲は海岸(低潮線)から約22㎞である。前述のとおり日本の国土は縦深性がないため、領海・領空に侵入されてから自衛隊が迎え撃ったのでは明らかに不利だ。しかし、日本と中国の間には広大な海がある。例えば、寧波と那覇の間は700㎞以上。ここで迎え撃たない手はないし、防衛省・自衛隊も従来からそう考えてきた。東シナ海を中心に、日本海や太平洋上の公海・公空で接近してくる中国軍を迎え撃つ能力を構築し、航空優勢・海上優勢を確保することは今後も対中防衛戦略の最重要テーマであり続ける。

念のために言っておくと、有事に際して公海上・公空上で戦うことやそのために必要な兵器を保有することに「専守防衛」上の問題はない。この点についてはAVP 第41号で詳しく説明した。

コラム③ 台湾の「既成事実化」阻止をどう考えるか?

本稿では日本の防衛戦略上の目標を「日本領土及び周辺空域・海域の『既成事実化』を阻止すること」に置いて議論を進めている。だが、立場によっては戦略目標の優先順位も変わる。台湾にとっては「自身の既成事実化を阻止すること」が死活的に重要だ。米国が軍事介入する場合も、その最優先目標は「台湾の既成事実化を阻止すること」になるだろう。となると、米国が日本に対しても台湾の「既成事実化」阻止に貢献するよう求めてくる可能性も十分ある。米国のシンクタンクで行ったWar Gameでは、「米国の要請に基づいて台湾攻撃を行う中国艦船を自衛隊がミサイル攻撃する」というシナリオも検討されたことがある模様だ。

だが私は、日本の防衛戦略はあくまでも日本の「既成事実化」阻止を基本に据えるべきであり、台湾防衛を連想させるような言葉を政府の文書に載せてはならない、と考える。後述するように、日本の守りを固めることは台湾防衛に対する極めて重要な貢献である。米国も容認する形で台湾が独立に走った結果、中国の武力行使を招いて日本も中国と戦う羽目に陥ったのであれば、日本防衛を通じた「間接的な台湾の既成事実化阻止」に専念すればそれで十分ではないか。[15]

 

専守防衛を通じて消耗戦に持ち込む≫

中国が台湾に武力行使する場合、日本は「目の上のたん瘤」になる。中国が最も気になるのは米軍の動きだが、その発進・兵站基地となるのが在日米軍基地。加えて、自衛隊も米軍に後方支援したり中国軍と直接戦ったりする。米国等が台湾に武器・弾薬や物資を支援する際にも、ハブとなるのは日本であろう。つまり、日本が中国の攻撃をしのぎ、こうした機能を曲がりなりにも維持するばするほど、台湾に対する中国の武力攻撃が短期間で成功を収める可能性はそれだけ低下する、ということ。
その結果、戦いが長期化すれば、中国に対する国際的な経済制裁の効果も累積し、中国はそれだけ疲弊する。台湾を屈服させらないまま、目ぼしい戦果も示せなければ、中国国内でも共産党指導部に対して不満が募りやすくなる。もちろん、自衛隊や民間人の被害、経済的な大打撃等、日本も第二次世界大戦後は経験したことのないような大きな犠牲を払うことになる。しかし、中国との間で核戦争へのエスカレーションを防いで、なおかつ中国に負けたくないのであれば、この消耗戦を戦い抜く以外の選択肢はない。[16]

消耗戦の枠組み≫

中国経済は日本経済のざっと3.5倍、中国の軍事費は同年の日本の防衛費の5.4倍である。[17]  長期戦・消耗戦になった場合、日中2国だけの戦いであれば、日本に勝ち目はない。しかし、「中国vs. 日米台+西側先進国」という構図を作って経済、金融、ハイテク、エネルギー等の分野で中国に広範かつ強力な制裁をかけることができれば、(我々も苦しいが)中国にとっても非常に厳しい展開になる。
その状況をつくったうえで、こちらも呑める条件で停戦に持ち込むことが、「負けずに、かつ、犠牲を最小限に抑える」ことにつながる。いろいろ考えてみたが、それが私の結論だ。

ここで問題は、台湾が独立を図ったうえで中国が武力行使した場合に、西側がどの程度広範かつ強力な対中制裁連合を構築できるかが不透明なことだ。[18]  一方で、中国が台湾の武力統一を無理やり図れば、西側もまとまりやすいだろう。

コラム④ 対中防衛戦略と抑止理論

米ソ冷戦期以来、安全保障研究の分野では「抑止」が重要なテーマとなってきた。抑止とは「こちらが望まない行動(=軍事侵攻など)を相手がとるのを未然に防ぐ」ことである。防衛力を持つ目的も、その第一は抑止の達成にあり、抑止が敗れた場合に実際に防衛(戦争)することは第二である。

抑止理論では「拒否的抑止」と「懲罰的抑止」という概念上の分類が一般的だ。拒否的抑止の場合、「敵が目的を達成するのを物理的にむずかしくする」ことによって当該行動を断念させる。例えば、ミサイル防衛が十分に機能すれば、相手はミサイルを撃っても意味がなくなる。懲罰的抑止は「相手が攻撃すれば、こちらも相手に耐えられない損害を与えると脅す」ことによって相手に行動を思いとどまらせる。その典型的な例は核抑止だが、損害を与える手段には経済制裁等も含まれる。

本稿で主張する対中防衛戦略は、日本が専守防衛の穴をふさぐことによって戦争を長期化させ、同時に国際的な制裁をかけて一種の〈痛み分け〉に持ちこもうというもの。これによって中国指導部に「日米軍基地や自衛隊基地等をミサイル等で攻撃しても一気に無力化させることはできない台湾に対する武力行使を行えば、長期戦・消耗戦になる中国も軍事的・経済的に耐えがたい犠牲を払うことになり、共産党支配が動揺しかねない」と考えさせようというわけだ。これを上記の抑止論の文脈で解説すれば、「日本は軍事的には『拒否的抑止』を基本とする一方で、非軍事の面で国際的な連合を組んで『懲罰的抑止』を追求する」と言ってよい。なお、軍事面での懲罰的抑止は、核抑止を含め、今後も米国に依存した方がよい、と私は考える。[19]

ここで肝に銘じるべきは「台湾独立という事態が現実になれば、日米がどんな抑止戦略を持とうが、中国は武力行使を決断する可能性が極めて高い」ということ。台湾独立は、抑止論で考える〈中国にとって耐えがたい犠牲〉よりも遥かに大きな犠牲を中国共産党に突きつける。中国との戦争を避けたければ、中国に対して抑止戦略を講じるのと合わせて、「日米は台湾独立を絶対に認めない」という保証を中国に与えることが必須である。

 

中国も学び、対応する≫

ウクライナ戦争から教訓を得ようとするのは中国も同じだ。軍事的には、短期決戦で台湾を屈服させられる戦略・戦術を研究するはず。[20]  並行して、長期戦・消耗戦になった場合に備え、サプライチェーンの確保や兵器製造に不可欠なハイテク部品の内製化など、「西側制裁に対する備え」を進めようとすることも間違ない。[21]

ただし、台湾に対する短期決戦にせよ、脱・西側経済の構築にせよ、「言うは易く、実行するは難し」だ。日本はウクライナ戦争の教訓に従って防衛戦略の基本線を固め、そのうえで中国の対応策等を見ながら戦略を調整するのが賢明である。

 

おわりに

本号で私が述べた対中防衛戦略は、どこかの党の提言のように日本の安全を安っぽく約束するものではない。「負けたくなければ、犠牲は覚悟せざるを得ない。それが中国と戦うということの本当の意味である」ということを正直に述べた。その一方で、冷静に読んでもらえば、私が述べた対中戦略は軍事面ではディフェンス重視だということもわかるに違いない。敵基地攻撃能力(反撃能力)をはじめ、オフェンスを重視しても、中国との戦争をエスカレートさせた挙句、日本の被害を耐えられないほど拡大させる可能性が高い。だからこそ日本は今、「専守防衛の充実」にヒト・モノ・カネを注ぐべきなのである。

次号では、「専守防衛の充実」とは何を意味するのか、もう少し具体的に議論してみよう。

 

 

[1] » 自民党安保提言と「小野寺vs.小川討論」 【Alternative Viewpoint 第40号】|一般財団法人 東アジア共同体研究所 (eaci.or.jp)
» 「専守防衛」見直し論のフェイク    Alternative Viewpoint 第41号|一般財団法人 東アジア共同体研究所 (eaci.or.jp)
» 核・ミサイル保有国の領土内を攻撃するのか? ~ウクライナ戦争に学ぶ日本の防衛力整備① Alternative Viewpoint 第42号|一般財団法人 東アジア共同体研究所 (eaci.or.jp)
» 「敵基地攻撃能力」論議の真実 Alternative Viewpoint 第43号|一般財団法人 東アジア共同体研究所 (eaci.or.jp)
» ロシア苦戦の理由~ウクライナ戦争に学ぶ日本の防衛力整備②   Alternative Viewpoint 第44号|一般財団法人 東アジア共同体研究所 (eaci.or.jp)

[2] 中国が台湾に武力行使する場合のシナリオとしては、①台湾侵攻、②経済封鎖、③ミサイル・サイバー等による限定攻撃プラスα、等があり得る。

[3] 去る10月19日、米海軍のマイケル・ギルディ作戦部長は、中国による台湾侵攻が「2022年あるいは23年」に起きる可能性を排除できない、と述べた。(米海軍作戦部長「23年までに台湾有事も」 中国に懸念: 日本経済新聞 (nikkei.com) ) 2022年と言えば、あと2ヶ月もないのだから、「大予言」である。しかし、その根拠として彼が述べたのは、「この20年間を振り返ると、中国はやると言ったあらゆる目標を想定より早く達成した」ということ。こんなのは分析でも何でもない。

[4] 「本格的には」と言うのは、ウクライナは3月P頃に(国境北側のロシアやベラルーシ領内の燃料保管施設等を攻撃した可能性が高いと見られているから。また、ウクライナは8月9日にはクリミアにあるロシア空軍基地を攻撃し、10月8日にはクリミア大橋を爆破している。

[5] 例えば、下記。「ロシアは本土がやられないから何波でも攻めてくる」“専守防衛”で戦うウクライナから日本は何を学ぶのか?【報道1930】 | TBS NEWS DIG

[6] ゼレンスキー大統領「まずは領土を侵攻以前の状態に」 NHK単独 | NHK | ウクライナ情勢

[7] 10月10日以降、ロシアはミサイルや無人機でウクライナのインフラ施設を攻撃している。これもロシアが併合して「自国領」とみなす4州やクリミアが攻撃されたことへの報復であろう。

[8] ゼレンスキー氏、ロシアの核の脅威阻止に世界の行動求める BBC単独取材 – BBCニュース

[9] 【動画】米ロ全面核戦争シミュレーション|ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト (newsweekjapan.jp)

[10] 中国の核攻撃を招来するリスクを度外視したうえで、日本が実戦で役に立つ敵基地攻撃能力を持とうとすれば、最大射程にして2,000㎞以上の巡航・弾道ミサイルを〈多数〉配備することを含め、莫大な予算を投入しなければならない。そんなことをすれば、真に優先度の高い「専守防衛の充実」に割くリソースは削らざるを得ない。また、日中(韓)の間で軍拡競争が加速することも避けられない。

[11] 厳密な定義はないが、出力で0.1キロトンから最大でも50キロトン程度の核兵器を小型核と呼ぶ。大雑把に言えば、広島に投下された原爆(約15キロトン)と同程度の核兵器をイメージしても大きな間違いではない。広島級の核弾頭が持つ破壊力は、米軍が今日持つ最大の通常兵器の火力の約1,000倍に相当する。 What exactly is a low-yield nuclear weapon? – Medill News Service (northwestern.edu)  米露は最近、小型核の配備を増やしており、ウクライナ戦争で核兵器が使用される場合も小型核から始まる、という見方が多い。小型核の普及に伴い、核使用の〈敷居〉は下がった。「エスカレーション抑止」の考え方も小型核の使用が前提である。

[12] Can-China-Take-Taiwan-v5.pdf (brookings.edu)

[13] 敵基地攻撃能力保有論者の中には、「米軍と一緒に敵基地攻撃をしなければ、米国は日本を本気で守ってくれない」と言う馬鹿者が少なくない。中国と戦うことになれば、自衛隊はどこで戦おうとも命をかけているし、犠牲になる一般市民は米国民ではなく日本国民である。しかも、在日米軍基地を使い、自衛隊及び日本国の支援があってはじめて、米軍は中国軍と存分に戦える。日本人は劣等感丸出しの属国根性から抜け出して自己主張を始めなければならない。

[14] 日本人には「ミサイル過敏症」のところがあるが、通常弾頭ミサイルによる被害は〈点〉にとどまる。その点、航空機・艦船による砲撃は〈面〉の制圧につながるため、本当はこちらの方が厄介だ。なお、ミサイル攻撃に対する防衛については本稿の後段及びAVP 次号で触れる。

[15] 私は、戦争の原因を明らかに台湾が作った場合には、日本は中立を保って在日米軍基地の使用も政治的に拒否するという選択肢を持っておくべきだとも考えている。
では仮に将来、中国が本当に好戦的になって無理やり台湾を武力統一しようとしたらどうか? その時も日本防衛が最優先であることに変わりはないが、日本が今後強化するスタンド・オフ防衛能力――その射程は台湾周辺をカバーする――を必要に応じて台湾防衛に回すことを選択肢にしてもよい。ただし、その場合も対艦戦闘を基本とし、対中領土攻撃への関与には極めて慎重であるべきだ。

[16] 今、日本で対中強硬論を振りかざしている人たちの大部分は、このような犠牲を払う覚悟を持っていない。と言うよりも、そこまで想像力を働かすことができていない。彼らは日本人を平和ボケと批判するが、その批判はそのまま彼ら自身に降りかかる。

[17] 防衛費・軍事費の比較は、2021年のSIPRIによる米ドル・ベースの数字に基づいたもの。なお、日本が今後防衛費を増額しても、中国も同様の動きに出る可能性が高いため、現在の格差が縮まるとは考えにくい。経済についても、岸田内閣の「新しい資本主義」もその中身のなさで世界的に有名。中国の経済成長率はこれから低下すると見込まれるが、日本経済の伸びはそれよりもさらに低いままであろう。

[18] 中国の経済規模はロシア経済の約10倍に及ぶ。実利関係を考えれば、西側諸国もウクライナ戦争における対露制裁並みの制裁を中国に科すことに抵抗があって当然だ。サウジアラビアなど、「民主主義」をふりかざす米国との間で折り合いが悪くなった国もある。台湾があからさまに独立をめざして「戦争の原因」を作った場合には、対中制裁網づくりの正当性が大きく減じても不思議ではない。それでも西側を中心に広範な対中制裁網を作るためには、「台湾が独立を志向するのは中国が台湾を武力統一する決意を固めたからである」という国際的プロパガンダを仕掛けたり、米国が制裁に協力しない国に金融制裁を含めた「二次制裁」をかける等の圧力をかけたりすることが必要になるかもしれない。ウクライナ戦争を見ていると、それもあり得ない話ではないと思えてくる。

[19] 敵基地攻撃能力(反撃能力)については、攻撃対象が重要インフラであれば懲罰的抑止とみなせる。一方で、相手の軍事施設(ミサイル基地[TEL]や空軍基地等)に限定するのであれば拒否的抑止に分類する論者もいる。そもそも拒否的抑止と懲罰的抑止の区分は絶対的なものではないため、私自身はこの議論に深入りするつもりはない。

[20] これまで想定されてきた台湾侵攻シナリオを中国側から検討した時、短期決戦で「既成事実化」を図るという点では、最も望ましいのは地上部隊投入による「台湾侵攻」であろう。しかし、航空優勢・海上優勢・兵站等の面から、その成功の見通しは非常に低い。一方で、2021年12月28日付のAVP 第34号で採用した「海空封鎖」はある程度の長期作戦になることが避けられない。(» 「台湾有事は日本有事」を思考実験する 【Alternative Viewpoint 第34号】|一般財団法人 東アジア共同体研究所 (eaci.or.jp)  それ以外の「空爆・ミサイル攻撃+サイバー攻撃」というシナリオでは、台湾の戦闘意欲や独立に向けた意志を挫けない可能性が高い。また、ウクライナ戦争で明らかになったロシア軍の問題――兵器の精度、兵站、指揮命令系統など――は、中国軍にもある程度共通すると言われている。(What the Chinese Army Is Learning From Russia’s Ukraine War – Carnegie Endowment for International Peace) こうした困難を考えれば、中国の方から積極的に台湾を武力併合する可能性は低いと考えるのが妥当である。

[21] 例えば、以下を参照。 習氏が目指す「自給自足」 中国締め出しに警戒感 – WSJ

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