東アジア共同体研究所

米軍のアフガニスタン撤退とバイデン外交の「3つの柱」  Alternative Viewpoint 第28号

2021年9月1日

 

2020年2月29日、ドナルド・トランプ大統領は、タリバンがアルカイダと関係を断つことやアフガニスタン政府(ガニ政権)と和平交渉を進めることを条件にしながら、米軍(当時1万2千人)を2021年5月1日期限で完全撤退させることでタリバンと合意に達した。

2021年4月14日、ジョー・バイデン大統領は今年9月11日までにアフガニスタンの駐留米軍(当時2,500~3,500人と言われた)を完全撤退させると表明した。その後、7月8日にバイデンは米軍の撤退期限を8月31日にすると発表した。

8月15日、アシュラフ・ガニ大統領が国外に逃亡し、カブールは事実上陥落した。アフガニスタンでは米国をはじめとする各国市民やタリバンからの迫害を怖れるアフガニスタン人の脱出をめぐって大混乱と人道的災禍が起きた。

8月30日午後11時59分(現地時間)、最後の便となる輸送機C-17がカブール国際空港を離陸し、米軍はアフガニスタンからの撤退を完了させた。

本号では、〈米軍のアフガニスタン撤退〉と〈バイデン外交の3本柱(民主主義の促進、中産階級のための外交政策、世界的脅威への対応)〉との関係〉について検討する。[i] バイデンの決定はいかなる考え方に基づくものだったのか? それは正当なものだったのか? 今も正当と評価できるのか? 順次見ていきたい。

 

バイデン外交の3つの柱

8月28日にAVP 第27号でバイデン政権の「中産階級のための外交政策」について解説した。しかし、アフガニスタン撤退を含めた米外交を「中産階級のための外交政策」という視点だけから理解しようとするのは正しくない。ほとんどの場合、外交政策はもっと複合的な観点から決められるものだ。バイデン外交には3つの柱があり、20019年7月、まだ大統領候補だったバイデンが行った外交演説にもそれらは示されていた。[ii]

第1は、米国の民主主義を再活性化し、国際的にも民主主義国の連合を強化すること。米国内ではフェイク・ニュースの拡散、人種差別や暴力の噴出、国際的には権威主義国家による選挙介入や人権侵害等が問題視されている。

第2は、「中産階級のための外交政策」によって米国民が世界経済の中で成功を収められるようにすること。AVP前号で詳しく見たものである。

第3は、世界的な脅威に対抗するため、米国の国際的な指導力を回復すること。[iii] 「世界的な脅威」の筆頭に来るのは中国、そしてロシアだ。なお、バイデン政権ではトランプ政権が敢えて無視していた気候変動も重大な脅威の一つと捉えている。

 

アフガニスタン撤退の位置づけ

この3本柱に即して考えた時、アフガニスタンからの米軍撤退はどのような位置づけとなるのであろうか?

≪「民主主義の促進」という視点≫

アフガニスタンが安定的な民主主義国家になった後に米軍を撤退させられれば、バイデン外交の掲げる「民主主義の促進」という旗印に最も見合うはず。しかし、アフガニスタンの実情とガニ政権の腐敗ぶりを考えると、それは〈見果てぬ夢〉だった。一方で、米軍を撤退させればタリバンがアフガニスタン政府を打倒する可能性が高いことも米軍や諜報機関からバイデンに報告されていた。その場合、タリバンが女性の権利や近代的な自由を抑圧するであろうことは誰にでもわかる。民主主義や人権を守るというバイデン外交の看板に傷がつくことは避けられなかった。

それでもバイデンはアフガニスタンからの米軍撤退を断行した。これはつまり、バイデンが「アフガニスタンの恒久的民主化」という事業を〈損切った〉ことを意味する。「民主主義や人権の促進」という観点からは、米外交にとって明らかに大失点だ。しかし、アフガニスタンへの駐留を続けて人的・財政的負担を際限なく膨張させることに比べれば、民主主義や人道面での外交的マイナスは敢えて甘受する、と決断したのである。[iv]

≪「中産階級のための外交政策」の視点≫

中産階級の生活とアフガニスタンは一見、無関係に思えるかもしれない。だが、政治的にはとても大きな関係がある。AVP第27号で紹介した「中産階級のための外交政策」の原典とも言うべきカーネギー平和財団の報告書『米外交を中産階級のためによりよく機能させる』は、米国の中産階級が〈自分たちの生活が苦境に陥っているのに政府は遠い外国で軍事介入を続け、しかも他所の国の国家建設にまで米国民の税金を使っている〉現状に極めて大きな不満と怒りを抱いていることを強調していた。

2001年9月11日の同時多発テロを受けて米軍がアフガニスタン攻撃を開始したのは同年10月7日だった。AP通信によると、今年4月までにアフガニスタン戦役で死亡した米軍兵士は2,448人、犠牲になった米国人の請負業者は3,846人にのぼる。財政的にも、アフガニスタンとイラクでの戦争には直接経費だけで2兆ドル(現在のレートで約220兆円)が費やされた。国債発行の金利負担は2050年までに6.5兆ドル(715兆円)、この他にも約4百万人の退役軍人に対する医療・障害・死亡保障が2兆ドル以上かかる見込みだと言う。[v]

アフガン駐留を続ければ、人的にも財政的にもコストは増える一方だ。それが「中産階級の生活水準向上につながるか?」という尺度で見れば、答は明確にノーである。アフガニスタンへの米軍駐留や国家建設への関与をやめれば、浮いた駐留関連経費を中産階級のための「アメリカ救済計画」に回すことができる。

とは言え、米国民が今も深刻なテロの脅威にさらされていれば、米軍撤退は中産階級のためにならないという議論も出て来よう。しかし、2011年のオサマ・ビン・ラディン殺害後、アフガニスタンは今や国際テロの基地ではなくなったと考えられている。[vi] バイデンの言う通り、テロの未然防止策として今もアフガニスタンに米軍を駐留させる意味を見出すことはむずかしい。

以上からわかるように、アフガニスタンからの米軍撤退は「中産階級のための外交政策」の最も自然な帰結と言える。大統領候補だった時からバイデンが「永遠の戦争(forever war)」を終わらせると公約していたのも十分に頷ける。

≪「世界的脅威への対応」という視点≫

バイデン政権は「世界的脅威への対応」という観点からは中国及びロシアとの地政学的競争を最大の重要課題と位置付けている。中でも中国は経済力・技術力・軍事力のすべての面で極めて手強い相手だ。同時に米政府内では「米国が軍事・外交・財政的資源を世界中に分散させたまま中国に対抗することは非常にむずかしい。しかも、コロナ禍への対応で財政赤字が膨張する中、国防予算を大幅に増やすことは不可能である」という認識が共有されている。そこで、〈中国やロシアという世界的脅威に対応するためには、米軍の展開を含め、米国の資源を対テロ戦争が一息ついた中東から対中・対ロ「戦線」にシフトすることが有益である〉という考え方が出てきた。

バイデン大統領は去る8月16日に行った記者会見で「米国がアフガニスタンを永遠に安定させるために何十億ドルもの資金と関心をつぎ込み続けることほど、我々の真の戦略的競争相手である中国とロシアを喜ばせることはない」と述べている。[vii] アフガニスタンからの米軍撤退が対中国・対ロシア戦略と裏腹の関係にあることは明らかである。

ちなみに、米軍の中東からの撤退はアフガニスタンだけの話ではない。今年6月にウォール・ストリート・ジャーナル紙が伝えたところによると、米軍はイラク、クウェート、ヨルダン、サウジアラビアに配備していた地対空防衛のためのパトリオット中隊サウジに配備していた終末高高度防衛ミサイル(THAAD)のほか、中東地域での任務に就く戦闘機飛行隊を引き揚げている最中である。
アフガニスタンと並ぶ米軍の展開先であるイラクでも米軍のプレゼンスは低下している。イラク政府軍の充実に伴い、トランプ政権は駐留米軍を2500名まで半減させた。[viii] さらに今年7月26日、バイデン大統領とイラクのムスタファ・アル・カディミ首相が年末までに米軍のイラクでの戦闘任務を終了させることに合意している。

 

以上を総括すると、バイデン政権の3つの外交方針のうち、少なくとも「中産階級のための外交政策」と「世界的脅威への対応」という二つの視点から見て、アフガニスタンからの米軍撤退という政策決定は〈理にかなった〉ものである。何故なら、米軍撤退によって得られる人員と財源を中産階級のための国内投資や対中露軍事戦略に振り向けられるのであるから。[ix]

この二つの外交方針におけるプラスは「民主主義の促進」という方針におけるマイナスよりもずっと大きい――。バイデンと彼の外交チームは最終的にそう判断したのだろう。去る8月15日にカブールがあっけなく〈陥落〉し、在留米国人等の撤退に伴う大混乱や人道被害を招いたにもかかわらず、バイデンは強い言葉で自らの判断を正当化した。8月末という米軍の撤退期限を変えることもなかった。記者会見等におけるバイデンの言葉の端々からは、単なる強がりではなく、「アフガニスタンからの米軍撤退は外交的政策判断として何も間違っていない」という強い自負が垣間見えていた。彼の外交方針全般との整合性を考えれば、それも〈なるほど〉と思えなくはない。

 

履行プロセスが政策評価に及ぼす影響

現実には、バイデン大統領は今、強い批判にさらされている。民主党執行部や(中産階級のためにアフガニスタンからの早期撤退を主張していた)バーニー・サンダース上院議員などはバイデンを支持しているものの、カブール空港での人道被害を目の当たりにして民主党議員の一部はバイデンと距離をとる姿勢を見せた。トランプ前大統領や共和党の議員、民主党に批判的なメディアはここぞとばかりにバイデンを〈無能者〉扱いしている。こうした批判を招いた理由が米軍撤退の実行段階で〈下手を打った〉ためであることは言うまでもない。ブルッキングス研究所のジョン・アレン理事長(元海兵隊大将)が「米軍撤退という決定は正しかった。しかし、撤退方法に関する米国政府の判断ついては厳しく批判され続けるだろう」と述べているとおりだ。[x]

我々は、前節でバイデン外交の3本柱に即してアフガニスタン撤退という政策の評価を行った。だがその前提は、米軍がアフガニスタンから〈大過なく〉撤退することであった。
実際の撤退は混乱を極めた。4月にバイデン大統領が米軍を今年の9.11までに完全撤退させると表明して以降、タリバンは政府軍に対する攻勢を強め、8月15日までにガニ政権は崩壊し、カブールまでもがタリバンの支配下に置かれた。アフガニスタンから脱出するのは米軍兵士だけではなくなり、米国及び各国の大使館員、援助関係者、報道関係者、そしてタリバンの統治から逃れたいアフガニスタン人が大挙してカブール空港をめざした。米軍機に取りすがり、最後は空中から落下するアフガニスタン人の様子やタリバンの迫害に不安を訴える女性の声などが世界中に配信された。

この事態がバイデンにとって〈想定外〉だったことは間違いない。既にタリバンがアフガニスタン政府軍に対して攻勢を強めていた今年7月8日、バイデンは「米国はアフガニスタンに外交的プレゼンスを維持するつもりだ」と述べ、「(サイゴン陥落の時に起きたように)在アフガニスタンの米国大使館の屋上から人々が空輸されるのを目にするような事態は起こらない」と断言していた。しかし、8月15日にカブールの大使館の屋上から職員をヘリで退避させることを余儀なくされ、8月30日にはロス・ウィルソン代理大使は米軍と共にアフガニスタンを去った。大統領の威信が失われたことは言うまでもない。

では、米軍撤退が大混乱と人道被害を伴ったことによって、バイデン外交の3つの指針から見た〈米軍撤退の評価〉はどう変わるのだろうか?

≪「民主主義の促進」という視点≫

仮定の話だが、タリバンの全土掌握が米軍の撤退から数か月後――情報機関の報告書が〈最もありそうな時期〉としていたのは「今年の年末までのいつか」であった――であったなら、民主主義の敗北と人道的な惨禍を招いたことに対する批判の矛先は、一義的にはアフガニスタン政府(ガニ政権)に向かったはずである。もちろん、米国政府も批判は免れなかったであろうが、米国のイメージダウンはバイデンにとって〈計算の範囲内〉だったと思われる。

ところが、一番の修羅場が起きた時に肝心のガニは逃亡してアフガニスタンにおらず、米軍が見ているところで前述の不手際と人道的悲劇が起きた。米国政府の責任は否が応でもクローズアップされた。世界中の人々が米国の民主主義や人権に対する姿勢に対し、当初の想定よりも何倍も大きな疑念を抱いた。多くの米国民は自分たちの政府の情勢分析の甘さ、危機管理能力の欠如、道義的責任感の希薄さに憤った。元来、アフガニスタンからの米軍撤退は「民主主義と人権を守る」という観点からはマイナス評価の政策だったが、今回の不手際によってそのマイナス幅は増大した。

米軍撤退をめぐる不手際によってバイデン政権が「民主主義政府を見捨て、女性や子供の人権抑圧を容認した」というメッセージを〈増幅して〉国際社会に送ってしまったことのダメージは小さくない。例えば、今後は米国政府がウイグルの人権問題で中国を批判したところで、「アフガニスタンで女・子供をタリバンに差し出したバイデンに人道を語る資格があるのか?」と簡単に切り返されるに違いない。[xi] また、米国内においても、バイデンが〈民主主義に対する脅威〉だと思っているトランプ主義者たちに対し、今回の件でバイデン攻撃のための格好の材料を与えてしまった。

≪「中産階級のための外交政策」の視点≫

「中産階級のための外交政策」と言うからには、その具体的な施策は中産階級(や労働者階級)の支持を得られるものでなければならない。実際、バイデンが本年の9.11までに米軍撤退を完了させると発表した後、米国民の大多数が大統領の方針を支持した。シカゴ国際問題評議会7月7日~26日――タリバンが全土で政府軍を次々に撃破し、情勢の悪化が誰の目にも明らかになった時期である――にかけて行った調査でも、米国民の70%がアフガニスタン撤退に関するバイデンの決断を「支持する」と答えていた。[xii]

カブール陥落後にこの数字はどう変化したか? CBSニューズ8月18日~20日に行った世論調査――米軍の輸送機にアフガニスタン人がしがみつき、落下したのは8月16日であった――によれば、63%がアフガニスタンからの撤退を支持している。また、8月16日~19日に調査会社のモーニング・コンサルトと政治ニュースメディアのポリティコが合同で行った調査によれば、アフガニスタンからの米軍撤退に対する支持は53%反対は36%であった。4月時点の調査では69%あった支持の低下は明らかだが、それでも反対を十分に上回っていた。[xiii]
8月26日に起き、米兵13名を含む多数の死者を出したカブール空港でのテロの後に行われた調査結果はまだ出ていない。しかし、少なくともこれまでのところで読み取れることは、アフガニスタン撤退に対する米国民の支持が根強いということである。

「中産階級のための外交政策」という観点からは、米軍の撤退に不手際があったことの影響は〈なかったわけではない決定的なものとはならなかった〉。カブールでの大混乱を招いた後も、バイデンは8月末で米軍撤退を完了させる方針を変えなかった。バイデンが強気を貫いたのは、「何が何でもアフガニスタンから撤退する」という彼自身の強い〈こだわり〉に加えて、世論(中産階級)の多くが最終的には彼の決断を支持するという〈手応え〉を感じていたためであろう。

≪「世界的脅威への対応」という視点≫

どんなに混乱しようと、米軍のアフガニスタン駐留に終止符を打つことができれば、莫大な関連経費を浮かせられることには変わりがない。それによって中国やロシアに対する軍事的対応を向上させることができることについても前節の評価を変える必要は基本的にない。だが、「世界的脅威への対応」という観点から見た時米軍撤退に伴って混乱を惹起したことは米国にとって明らかにマイナスだった。

米軍の撤退に伴ってタリバンの攻撃を受けたアフガニスタン政府軍が劣勢に回っても、結果として米国はそれを座視して米軍撤退の完了という自国の都合を最優先させた。米国とタリバンの合意にあったとおりに両者の間で停戦に向けた協議が行われるか、しばらくはタリバンと政府軍の戦闘が膠着していれば、こんなことにはならなかった。バイデンにすれば、「政府軍が(駄目だとはわかっていたが)あそこまで酷いとは思わなかった」という恨み節を吐きたいところだろう。(実際に吐いている。)しかし、国際政治は結果がすべてだ。「米国がガニ政権を事実上見捨てた」という〈事実〉は、様々なメッセージを世界中に発信した。

米国の競争相手である中国ロシア、そして米国を目の敵にするテロリスト・グループは、バイデン政権の〈弱さ〉を見たに違いない。中国は、8月17日の会見で外務省の華春瑩報道官が「(米国はアフガニスタンに)不安、分裂、一家離散というひどい混乱を残した」「米国の力と役割は、建設ではなく破壊だ」と述べるなど、早くも宣伝戦を展開した。[xiv]  共産党系の「環球時報」は、台湾が中国と衝突すればアフガニスタンと同じ運命をたどる可能性を示唆。台湾海峡で戦争が勃発すれば、台湾の防衛網は数時間で崩壊し、〈米軍も助けに来ない〉と断言した。[xv]
バイデン大統領は「(アフガニスタンと)台湾、韓国、NATOとの間には基本的な相違がある」「NATOの同盟国が侵略されたら(北大西洋条約)第5条のコミットメントを守る。日本とも、韓国とも、台湾とも同じことだ」と述べ、懸念の払拭に努めた。[xvi] しかし、台湾の一部では米国のコミットメントに対する不安が既に台頭していると言う。台湾の内部が動揺すれば、バイデン政権の対中戦略にとって打撃となることはもちろんである。
目を欧州方面に向ければ、ロシアが東欧諸国に対して中国同様の揺さぶりをかけてきても不思議ではない。

また、バイデン政権にとって、トランプ時代に傷ついた大西洋同盟の再構築は最重点課題の一つだったはず。ところが、今回の米軍撤退に際し、米国に振り回された挙句に〈とばっちり〉を受けた格好となった欧州諸国の多くは「裏切られた」と感じている。[xvii]  今後、中東地域で米国政府が人道支援等で同盟諸国に協力を求めても、すんなりとは事が運ばない可能性もある。

「世界的脅威への対応」という視点から見た時、バイデン政権は今もまだ〈アフガニスタンからの撤退によって中ロの脅威に対してより有効に備える〉という当初の目論見に向かって進んでいる。ただし、撤退のやり方が拙かったせいで米国の信用を落としてしまい、却って中露に付け入る隙を与えたり、同盟国に対する指導力の回復を遠のかせてしまったりした可能性は否定できない。

 

おわりに

トランプが〈外交の素人〉と揶揄されることが多かったのに対し、バイデンと彼の外交チームは〈外交のプロ〉みなされている。しかし、この7か月あまりのバイデン外交を見てきた限り、「政策立案については理知的な専門家然としている。でも、政策の履行については案外素人臭い」と思ったことが何度もあった。

どんなに立派な政策を掲げても、履行段階の〈運び〉が悪ければ、外交は失敗とみなされ、政府は諸外国と自国民の両方から信用を失う。アフガニスタンからの撤退が大混乱したことに伴い、バイデン政権に対する国際社会の信用は大きくグラついた。米国内でも、外交分野においてバイデンを評価する人の比率は、7月時点の60%から8月20日には47%に急落した。[xviii]

今後、バイデン外交をうまく回していくためには、「撤退」の事後処理をつつがなく行うことは必要最低条件である。加えて、大統領と彼の外交チームは今回の顛末から教訓を学び今後の外交課題への対処を通じて諸外国や米国民の信用を取り戻していかなければならない。それができなければ、〈米国の信用低下〉が回りまわって中東地域を不安定化し「中東から対中・対露へのシフト」という構想そのものが頓挫しないとも限らない。国内世論、特に無党派層からの信用をさらに失えば、議会対策もますます難航して中産階級重視の政策を法案化・予算化することもできなくなるだろう。

いずれにせよ、我々としては「バイデン政権なら米国に任せても大丈夫」などと思わず、〈日本を主語にした外交〉を追求することが不可欠である。

 

※ 誤解してもらいたくないが、本稿を通して私は、政府軍の〈負け〉が動かなくなった8月時点でバイデンが米軍を増派し、タリバンと徹底的に戦うべきだったと言うつもりはない。そんなことをすれば、バイデンが危惧したように米軍はあと何年もアフガニスタンに留まらなければならなくなっていただろう。最大の問題は、今年4月にタリバンと話をつけて9.11を撤退期限に設定した後の数か月間、タリバン側がガニ政権と和平交渉を進めるという米軍撤退の条件を守らなかったにもかかわらず、淡々と米軍撤退を進めたことだと思う。是が非でも9.11までに撤退したいというバイデン政権の硬直した願いをタリバン側に見透かされ、向こうの好きなようにされた印象が強い。

 

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[i] » 「中産階級のための外交政策」とは何か?~耳あたりの良さと空虚な中身        Alternative Viewpoint 第27号|一般財団法人 東アジア共同体研究所 (eaci.or.jp) Middle Classの訳語として、私はメディア等で最も一般的に使われている「中産階級」を使っている。ただし、階級意識に乏しい日本人の感覚としては「中間層」の方がイメージしやすい人もいると思う。

[ii] Foreign Policy and American Leadership Plan | Joe Biden

[iii] 欧州外交評議会のジェレミー・シャピロもバイデン政権の特徴をこの3本柱に即して理解している。Global Leadership Is Incompatible With a Foreign Policy for the Middle Class | Foreign Affairs

[iv] 今年4月14日に米軍の撤退期限を9.11にすると表明した際、バイデンは「最終的には撤退すべきだが、今ではない」という意見について「いつなら正しい時期だと言うのか? あと1年か、2年か、10年か? 今までに費やした兆ドル単位に加えてあと100億ドル使いたいのか? それとも200億ドルか、300億ドルか?」と挑発的に述べて否定した。Remarks by President Biden on the Way Forward in Afghanistan | The White House

[v] Costs of the Afghanistan war, in lives and dollars (apnews.com)

[vi] バイデンの主張を正しく説明すれば、「将来アフガニスタンがテロの基地になる可能性は皆無ではない。しかし、アフガニスタンに米軍を駐留させなくても遥か遠方からの(over-the-horizon)攻撃によって対応できる」というものである。

[vii] Remarks by President Biden on Afghanistan | The White House

[viii] U.S. Military to Withdraw Hundreds of Troops, Aircraft, Antimissile Batteries From Middle East – WSJ

[ix] バイデン氏、リスク承知で望んだアフガン撤退 – WSJ

[x] General John R. Allen: the US must be realistic about its influence over the Taliban (brookings.edu)

[xi] 筆者はウイグルに関する中国政府の態度に問題があることには同意するが、欧米の批判を鵜呑みにしてよいかどうかについては態度を留保したい。だがいずれにせよ、タリバンによる人権抑圧の方が中国政府よりも質が悪いということで間違いはなかろう。

[xii] https://www.thechicagocouncil.org/commentary-and-analysis/blogs/us-public-supports-withdrawal-afghanistan

[xiii] https://news.gallup.com/opinion/polling-matters/354182/american-public-opinion-afghanistan-situation.aspx なお、ギャラップ社の分析者は、モーニング・コンサルト/ポリティコの世論調査には設問に誘導的要素が見られる、と注意を促している。

[xiv] 中国が米国非難、アフガンに「ひどい混乱を残した」 写真7枚 国際ニュース:AFPBB News

[xv] CNN.co.jp : アフガン情勢で台湾に米支援の再考迫る論調拡大、中国

[xvi] Full transcript of ABC News’ George Stephanopoulos’ interview with President Joe Biden – ABC News (go.com) なお、米国は台湾との間に相互防衛条約は締結しておらず、米国内法である「台湾防衛法」にも米国による台湾防衛義務を示す文言はない。「台湾も同じ」というバイデンの発言は〈勇み足〉の観がつよい。

General John R. Allen: the US must be realistic about its influence over the Taliban (brookings.edu)

[xviii] Can the Biden presidency survive the impact of Afghanistan? (brookings.edu)

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