Alternative Viewpoint 第16号
2021年1月15日
国際情勢は底流で常に変化しており、変化が一定量を超えると「時代が変わった」と認識される。その変化は、突発的に発生する事件や時に登場する特異な人物によって加速されることが往々にしてある。
1989年にベルリンの壁が崩壊。冷戦が終結して政治・軍事・経済・イデオロギーの米ソ二極体制が終わりを告げた。その後、21世紀初頭までは米国が唯一の超大国として軍事的・政治的な「一極主義」を謳歌し、情報技術の発達と相まってグローバリゼーションの名の下に世界経済の一体化が進んだ。1970年代に米中国交正常化と改革開放に踏み切った中国はこの間に台頭を続け、遂に米国の足許を脅かすに至る。2017年にはツイッターを駆使するドナルド・トランプが米国大統領となり、貿易戦争などを仕掛けて米中対立を顕在化させると共に米国内で民主主義の危機を深めた。そして2020年、新型コロナ(COVID-19)感染症が人類を襲い、人々の暮らしと経済活動に甚大なダメージを与えた。このパンデミックは同時に、米中対立の激化をはじめ、それまでに起きていた国際政治経済上の地殻変動を一気に加速させた。
以上のような歴史の流れを受け、我々は2021年を迎えた。今年最初のAVPでは、2021年の国際情勢のどこに注目すべきか、私なりの着眼点を紹介しておきたい。以下、国際情勢の底流にある変化を観察するうえで重要と思われる5つの分野に整理してみた。
1. 新型コロナ封じ込めの行方
日本は二度目の緊急事態宣言で2021年を迎えることになった。WHOのホームページによれば、1月13日現在、世界で新型コロナへの感染が確認された人の累計は9千万人を超え、死者数は2百万人に届こうとしている。[i]
上記のグラフに示された数字自体、十分に震撼すべきものだ。しかし、今日に至るまで感染が一向に収まらず、むしろ拡大し続けていることも大きな誤算だった。昨年4月14日に『世界経済見通し』を公表した国際通貨基金(IMF)をはじめ、昨春段階ではほとんどの人が夏を過ぎる頃にはパンデミックが下火になっていると予想していた。「峠を越した」と思うことができないまま、負荷がかかり続けることはとても辛い。世界中でストレスが蓄積しているはずだ。
2021年は〈変異種を含めたコロナ拡大に対する深刻な不安〉と〈今年こそは感染がピークアウトするという強い期待〉が併存してスタートした。米国や英国では昨年末からワクチンの接種が始まり、日本でも早ければ2月下旬にも始まると言われている。経済活動及び社会活動と両立する形でコロナ対策を進めようとした時、ワクチンはまさに〈希望の星〉である。だが、ワクチン接種が始まったからすぐに問題が解決するというわけではない。
ワクチンは本当に有効に機能するのか? 変異株に対しても効果があるのか? 副作用は許容できるものか? これについては、ワクチン接種で先頭を走る米国、英国、カナダの感染者数が減少に転じるか否かに注目するのが手っ取り早い。中国シノバック製のワクチンは治験を行った国によって有効性にばらつきが見られる、という報道もある。[ii]
仮にワクチンが有効だとして、ワクチン接種によって集団免疫を獲得するまでにはどれくらい時間がかかるのか? WHOは、今年中に世界全体の人が守られる水準まで集団免疫が達成されることはありえない、と釘を刺す。英国の調査会社の予測では、米国が一番早くて今年4月。カナダは6月、英国は7月と続く。東京オリンピックの前に集団免疫を実現できる国は、ベストシナリオでもここまでだ。日本で集団免疫が達成されるのは来年4月、中国も来年10月とみられる。インドやロシアに至っては再来年にずれ込む見込みだ。現実には、接種に要する人手不足や副作用への懸念等から、この予測通りに接種が進むとは限らない。
いずれにせよ、日本で集団免疫が達成されるのは、順調に行っても1年以上先になる。ワクチンに頼らない感染拡大防止策、すなわちマスク・手洗い、ソーシャル・ディスタンス確保(必要に応じて営業や移動等の制限を含む)の重要性は当面、いささかも減らないということである。
新型コロナ感染症は今年もなくならない。コロナとの闘いで油断は絶対に禁物だ。しかし、我々が注意深く生活し、ワクチン接種が徐々に進んでいけば、遅くとも次の冬までに(集団免疫は無理だとしても)〈医療崩壊を心配しなくてもよい状況〉を実現できる可能性は十分にある。そこまで行けば、営業自粛やロックダウンは不要となる。海外とのビジネス往来や国際観光の段階的な再開なども本格化するだろう。菅総理には、生気のない表情で官僚の作文を読みあげるのではなく、国民に覚悟を求めつつも希望を示してもらいたい。
新型コロナの動向は、人命や経済はもちろん、政治や外交の行方をも大きく左右する。2020年にコロナ禍なかりせば、米大統領選の勝者はトランプだった可能性が高い。米中関係の悪化も今よりはもう少しマシだっただろう。東京オリンピック・パラリンピックは滞りなく開催され、官邸の主は菅さんとは別の人物だったかも。今年も新型コロナから目が離せないもう一つの理由がそこにある。
2. 米中の覇権競争
トランプ大統領の最大の功績の一つは、米中対立の激化が今日の国際政治において最も深刻にして重大な要素であることを誰の目にも明らかにしたことかもしれない。1月20日にジョー・バイデンが第46代米国大統領となった後、米中関係はどうなるのか? これまで同様に悪化するのか? 対立が小休止するのか? 目が離せない。
最初の注目点は、バイデン政権の下で〈米中関係の入り方〉がどうなるか。最初からジャブの応酬になると、これからの4年間で両国が対立を制御できる見通しは暗くなる。
王毅外相は新華社との年頭インタビューで「中米関係は新たな岐路にさしかかり、新たな希望の窓が開きつつある。米国の次期政権が賢明なアプローチに戻り、中国との対話を再開し、二国関係を常態に戻して協力を再出発させることを望んでいる」と述べた。[iii] 環境問題に熱心なバイデン政権の発足を受けて地球温暖化対策などの分野で米中協力が進むのではないか、という期待はある。しかし、中国の方から米国に水を向け、下手に出るとは限らない。
米国内には、中国が地球温暖化での対米協力を貿易や香港・新疆問題等での取引材料にしてくるのではないか、という懸念もある。大統領選の最中にバイデンは「対中弱腰」のレッテルを貼られ、躍起になって否定した。党派に関係なく中国警戒感を強める米世論と議会の目を気にしないわけにはいくまい。新政権にとって最優先課題は国内問題(コロナ対策、経済対策、社会的分断の融和)。その足を引っ張るような対中外交はタブーであろう。
ここで再認識しておくべきは、米中関係はトランプが大統領になったために悪化した、というわけではないこと。AVP第3号で指摘した通り、米中対立の根底にあるのは米中間の〈国力の接近〉だ。[iv] 国際政治学者グレアム・アリソンは、古代ギリシャで「アテネのがむしゃらな台頭と、それがみずからの覇権を傷つける、というスパルタの焦り」が戦争を招いたことを引いて、既存大国と新興大国の間には「トゥキディデスの罠」と呼ぶ緊張が生じると主張する。[v] 戦争までいくかはともかく、「トゥキディデスの罠」は、今日の米中間にも相当程度当てはまる。この基本構図が変わらない以上、バイデン政権の下でも米中関係が大きく改善するとは考えにくい。
米中対立の深刻度を測るうえで、私は二つの分野に特に注目したい。
一つは、ハイテク分野でのブロック化がどこまで続くのか? トランプは対中関税戦争を仕掛けたが、中国にとって本当にヤバいのは、ハイテク分野の封じ込めだ。米中間の軍事力の優劣も、中長期的にはテクノロジーの優劣によって決まる。2021年のうちに結論の見える話ではないが、米中ハイテク戦争の行方は常に注視しておかなければならない。
米国政府は安全保障上の理由を挙げ、米国企業の技術・ソフトウェアを使用した部品等をファーウェイなど米国政府が指定した企業に売ることを事実上禁止し、その網を日本や台湾、韓国などの企業にも広げてきた。さらに「クリーンネットワーク構想」を掲げ、5Gや半導体等に限らず、ネットワークやデジタル分野全般で中国企業の排除を進めつつある。[vi] 米国政府の厳しい姿勢を見て西側先端企業は対中進出を控えるようになり、合弁事業を通じて西側の技術を吸い上げるという従来の手法も通用しにくくなった。今後、バイデン政権がハイテク分野でどこまで本気で蛇口を締め続けるかは、米中対立の深刻度を知るうえで最も重要なバロメーターとなろう。
一方で中国は今後ますます、米国企業に頼らない自前の技術や規格の開発にエネルギーを注いでくる。2020年5月、習近平指導部は「双循環」という経済戦略を打ち出した。双循環とは、「対外開放を堅持しながらも、需要と供給の両面において、貿易を中心とする国際循環への依存を減らし、生産・分配・流通・消費からなる国内循環を強化すること」であり、「消費を中心とする内需拡大と、イノベーションを通じた生産性の向上と産業の高度化を目指す供給側改革」を進めようというものだ。[vii] 第14次5カ年計画の草案では「自主可控(中国が独自にコントロールできる)」を強調し、ハイテク産業の内製化をめざすと言う。冷戦期のソ連とは異なり、約14億人の人口を擁する中国経済は十分に大きい。アフリカや東欧、東南アジアの市場もほぼ押さえている。将来的には、中国がスマホでiPhoneやandroidとは異なる独自のOSを開発し、部品も中国国内と親中国圏のサプライチェーンから調達できるようになるかもしれない。そうなれば、ハイテク分野で世界市場も通信規格もはっきり2つのブロックに分かれてしまう。
もう一つの注目点は、西太平洋地域における中距離ミサイル配備競争の行方だ。これについてはAVP 第8・9号で詳しく述べた。[viii] 在日米軍基地への中距離ミサイル配備という問題が出てくるため、日本にとっても他人事ではない。
バイデン政権が発足すれば、半年から1年程度かけてトランプ時代に国防総省や軍が練り上げていた対中戦略を点検するはず。新たに国防長官となるロイド・オースティン元中央軍司令官(元陸軍大将)の下でも、西太平洋地域への中距離ミサイル配備という方向性が変わることはあるまい。トランプ政権の時は、日本を含めた同盟国・パートナーとの間で中距離ミサイル配備に関する政治調整はほぼ手付かずだった。次はいよいよ、日米間で具体的な調整に入る可能性が高い。米中関係はもちろん、日中関係にも激震が走ることは避けられない。日本国内でも政治・政策上の大問題となろう。
米中間の話ではないが、来月(2021年2月)で期限切れとなる米ロ間の第二次戦略兵器削減条約(STARTⅡ)の延長に合意できるか否かにも要注目だ。バイデン政権発足からほとんど時間はないが、どんな形でも延長できれば、軍備管理の芽が残る。できなければ、中国が軍備管理の枠組みに参加する機運は(ただでさえ小さいのに)消え失せてしまう。
3. 世界経済と財政
国際政治の大きな流れを掴もうと思えば、経済について大きなイメージを持っておく必要がある。まず、今年1月5日に世界銀行が発表した直近の世界経済見通しを紹介する。[ix]
2020年の世界経済はコロナで沈んだ。世銀によれば、昨年の世界経済は4.3%のマイナス成長。プラス成長したのは中国やトルコなど、一握りの国にとどまった。一方で、コロナ禍のために各国政府が積極的に財政出動し、中央銀行も大胆な緩和策をとった結果、カネ余りが加速した。世界経済は収縮しているのに株式市場は高騰を続けるという〈直感的に気持ちの悪い〉現象が起きた。
2021年はどうか? 世銀は世界全体でプラス4.0%の成長を見込んでいる。米国が+3.5%、欧州が+3.6%、日本が+2.5%など、比較的良い数字が並ぶ。だが何と言っても一番は+7.9%成長が予測される中国経済である。ただし、年が明けた今、欧米をはじめ、日本を含めた世界中でコロナ感染が拡大している。このままだと上記の世銀予測も下方修正されかねない。
コロナ禍を受け、2020年は世界中で財政支出が急増した。この傾向は今年も続きそうだ。2019年、世界全体で財政赤字は歳入の2.09倍(世銀調べ)に達していた。それが2020年は2.52倍に膨らみ、今年も2.56倍と高水準を維持する見込みだ。下記のグラフは、21世紀に入ってから日本、米国、中国、ドイツの政府債務が対GDPでどう推移したかを見たもの。財政の優等生だったドイツを含め、去年はグッと上昇している。
(WORLD ECONOMIC OUTLOOK (OCTOBER 2020)より作成。[x])
世界中が「財政赤字なんか心配している場合ではない。目の前の危機を乗り切るために金を使え!」という雰囲気に包まれ、財政赤字の増大は「ニュー・ノーマル」となった。どさくさ紛れで「政府の借金はいくらしても問題ない」という現代貨幣理論(MMT)が実行に移されたのと同じ形になっている。その最たる例が日本だ。下記は財務省データから「みずほ総研」が新規国債発行額の推移をグラフ化したもの。[xi]
現在はコロナ禍によって需要が減退し、中央銀行も国債の買い入れ等を行っている。国債金利が上がらないので利払い費も大してかからない。だが、いずれコロナ克服に成功すれば、今年後半か来年か、米中を中心に金利上昇局面がやってくる可能性が高い。
MMTの理論的な正しさは、財政赤字を増やしても経済対策を打ち、景気を回復させて税収の自然増か増税によって財政赤字(元利合計)を減らすことができた時に初めて証明される。しかし、日本経済はコロナ前から潜在成長率が低い。コロナ感染を収束させることができたところで、借金を返せるほどの税収増は見込めまい。かと言って、無理に増税すれば景気後退を招く。
新型コロナをある程度抑え込んだ後の世界は、〈財政状況を改善できる国〉と〈コロナ禍で増えた財政赤字を抱えたままの国〉に分かれていくだろう。残念ながら、日本は後者になる可能性が高い。財政赤字の膨張に慣れるのは恐い。
4. 民主主義の危機
去る1月6日、ソーシャル・メディアとトランプに扇動された人たちが米議会に乱入し、5人の死者を出した。この事件は、今や民主主義の危機が言論の枠に収まりきらず、暴力として爆発する段階に入ったことを我々に知らしめた。
情報テクノロジーの発達を背景にして、民主主義の総本山とも言うべき米国で民主主義がデマに操られ、社会の分断を促進するという危機的状況が生まれている。このことについては、大晦日に配信したAVP第15号でも伝えたばかりだ。[xii] 民主的な社会で極右的な陰謀論や暴力礼賛がいかに容易く人々を動員できるかについては、「米議会襲撃 65日間の危険信号」というBBCの記事を参照されたい。[xiii]
米議会襲撃を受け、民主党はトランプの弾劾や職務停止を求める動きに打って出た。これはトランプという〈扇動の天才〉を封じ込めるための動きだ。しかし、本当の問題は、トランプによる扇動を可能にしたネット空間にこそある。米議会襲撃によって、バイデン政権は〈ソーシャル・メディアを利用した情報操作や扇動〉をテロリズムに近い「脅威」と捉えるようになる、というのが私の予感だ。
バイデン政権はもともと、Facebookなどプラットフォーマーによる偽情報の取り扱いについて規制を強化する意向を示していた。私の予感が正しければ、民主党側は従来考えられていたよりも厳しい規制措置を打ち出すかもしれない。こうした動きは、トランプ支持者たちの目には〈表現の自由を侵害する党派的弾圧〉と映る。両派の間で、長く、激越な戦いが始まるだろう。プラットフォーマーによるアルゴリズムの変更を含め、政治的偽情報の監視・検閲に米国や欧州でどのような対応がとられていくのか? 我々にとっても決して「対岸の火事」ではない。
ところで、バイデン大統領の公約の中には「民主主義サミットの開催」というものがある。大統領に就任した最初の年に世界の民主主義国家を集め、首脳会議(サミット)を主宰するというのだ。テーマは、①腐敗との闘い、②選挙への干渉を含めた権威主義国家の攻撃に対する防御、③人権の増進、の三つ。民主主義を守るためにアルゴリズムを見直すことや、中国等での弾圧やヘイトスピーチの拡散を助長することを目的としたハイテク技術の供与はやめることをプラットフォーマーに要求する、という提案も検討されている。[xiv]
民主主義サミットとは、民主党らしい真面目な企画である。しかし、実現はそう簡単ではあるまい。例えば、どの国をサミットに呼ぶのか? 抑圧的なところが目立つインド、トルコ、タイはどうするのか? 強権的なポピュリスト政権の東欧諸国は? 極めつけとしては、台湾を招待するのか?
そもそも、バイデン政権は米国内で人種差別を含めた社会的分断を癒し、民主主義の危機を乗り越えられるのか? それができなければ、米国に民主主義サミットを主宰する資格はあるのか、という話になりかねない。
中国やロシアなど権威主義的な国家群にとって、サミットは〈民主主義を名目にした包囲網づくり〉にしか見えまい。米中対立にわざわざイデオロギー的要素を持ち込むことになり、AVP 第7号で説明したポンペイオ路線と同じことになりかねない。[xv]
今日、地球上にネット社会化していない国はない。民主主義国であれば、米国で表面化した民主主義の危機は、程度の差こそあれ、どこでも進行していると知るべきだ。日本の状況については近いうちにAVP で取り上げるつもりだ。
5. 混迷するリーダーシップ
2021年を迎えて世界の主要国を見回してみると、民主主義国家群で政治指導者の国内基盤が不安定化していることに気が付かざるをえない。本節では米・中・韓・独の政治情勢をざっと概観することにする。北朝鮮やロシアなどは紙幅の制約で省略した。菅総理の評判がガタ落ちの日本については、いずれまた別の機会で論じることがあるだろう。
〈米国〉
来週のバイデン大統領就任やトランプの二度目の弾劾訴追を伝える報道だけを見ていると、トランプが自滅する一方で、バイデンと民主党が勢いに乗っているように思えるかもしれない。しかし、今日の米国には、客観的事実ではなく、自分がそうあってほしいと願う説明のみを事実として受け入れる人たちが相当数存在し、今後も増えていきかねない。彼らにとって米議会襲撃とトランプの敗北は一種の〈受難〉とみなされ、打倒バイデン政権に向けた新たなエネルギーとなる可能性もある。
AVP 第15号で述べたとおり、トランプ自身のフェイク・ツィートやスティーブ・バノンたちの偽情報「氾濫」作戦が(ロシアの選挙介入と相まって)トランプ大統領を誕生させ、トランプの治世の下では彼の人気を下支えする役割を果たした。バイデン政権の発足後、バノンたちがソーシャル・メディア等を駆使しながら民主党による統治を妨害しようとすることは火を見るよりも明らか。彼らは、悪い意味でクリエイティブだ。倫理や道徳などお構いなし。そして、執念深い。バイデン政権は南北戦争以降初めて、国内に体制転覆を企てる敵を抱えた米国政府になるかもしれない、とさえ私は憂いている。
バイデンがこの闘いを有利に進めるためには、今年前半でコロナ感染の収束を果たし、米経済回復の道筋を示すことがマストだろう。私はバイデンのファンではないが、この闘いに負けてもらっては非常に困る。
〈中国〉
主要国の中で指導者の国内政治基盤が短期的に安定している数少ない国の一つが中国である。習近平は(初期段階こそ混乱を招いたものの)コロナ危機を世界に先駆けて収束させた。昨年も今年も世界最高の経済成長を実現できそうだ。米国がデカップリングを仕掛けてくる中、強い指導者の下で団結しなければならないと訴えることもできる。民主主義を機能不全に陥れる方向に作用している情報テクノロジーも、中国共産党・政府は監視体制の強化に利用している。
ただし、習近平の前途も順風満帆というわけではない。近年の中国経済は人口のピークアクトや所謂「中所得国の罠」によって明らかに減速してきた。コロナがひと段落するはずの来年(2022年)、中国経済の成長予測は+5.2%と見込まれている。過去30年間では昨年を除いて最低だった2019年の成長率(+6.1%)にも大きく及ばない。経済の基礎体力が落ちてくるなかで「双循環」という経済効率の決して良いとは言えない経済戦略を推し進め、国民の不満が顕在することを阻止することは決して簡単なことではあるまい。アリババ・グループの創業者であるジャック・マー(馬雲)の動向も気になる。私は「民主主義でなければ経済活動は停滞する」という見方には立たない。しかし、習が自己と共産党に対する忠誠の強化を求める限り、中国の経済自由化と民間企業への支援は後退せざるを得ないことも事実だ。習近平の正念場は続こう。
香港の抑え込みについては、良い悪いは別にして〈峠を越した〉と見てよかろう。だが、台湾情勢は微妙だ。米国からは最近、台湾との関係強化を唱える声がトランプ政権のみならず民主党関係者の一部からも聞こえてくるようになった。救いは台湾総統・蔡英文(=任期は2024年5月まで)が案に相違して性急な独立論を振り回していないこと。しかし、香港への強権発動等、中国自身の行動によって台湾世論はすっかり硬化してしまい、伝統的に親中とみなされてきた国民党でさえ、「統一」から距離を置き始めている。台湾統一という「夢の実現」はさらに遠のいてきた。
〈韓国〉
昨春、コロナ対策の成功で文在寅大統領の支持率は70%超に跳ね上がり、昨年4月に行われた総選挙では与党が大勝した。だがその後、不動産価格の高騰、検察を舞台にした政局的な抗争、コロナ感染の拡大等によって、11月頃から文の支持率は不支持率を下回るようになった。今や大統領支持率は3割台に定着した観がある。今年は4月にソウルと釜山で市長補選がある。与党候補が負ければ、2022年5月まで任期を残す文の〈レイムダック化〉が加速しかねない。
文の権力基盤がこれ以上不安定化すれば、韓国は徴用工問題で在韓日本企業の差し押さえ資産の現金化に踏み切るのではないか、という見方も一部にはあるようだ。2012年8月、実兄が口利き問題で逮捕されるなど八方塞がりだった李明博大統領(当時)は竹島に上陸、3割を切っていた李の支持率は5~9ポイント上昇した。追い込まれたら政治家は藁にもすがる、という実例である。実際のところ、現金化は文の支持率にかかわらず、いつ行われても不思議ではない。徴用工問題の判決は韓国の最高裁で確定している。差し押さえまでしておいて現金化を引き伸ばすと言っても、自ら限度があろう。
もっとも、文には「南北関係改善のために東京オリンピックを利用したい」という思惑がありそうだ。その可能性が残っている限り、文は徴用工問題で現金化に〈待った〉をかけるのではないか。現金化のタイミングとしては、東京オリンピックが終わって南北の関係改善が不首尾に終わった時か、オリンピックが中止になった後が最も危なかろう。
それまでに日韓の政府は政治的妥協を図ることができるだろうか? 1月14日、文大統領は冨田駐韓大使と面会し、「建設的で未来志向的な関係を早期に復元していく必要がある」と述べた。しかし、本心では菅も文も日韓関係の改善に意欲など持ってはいない。バイデン政権が日韓関係の修復を働きかけるのではないか、という見方も取り沙汰されている。本当にバイデンがそんなことをするかどうかはわからない。しかし、米国が親分面して玉虫色の妥協を演出したとしても、当事者の日韓が心から納得したうえでの合意でなければ、一時しのぎにすぎない。
1月8日、ソウル中央地裁は慰安婦問題で日本政府に賠償金の支払いを命じる判決を出した。日韓関係にはまた一つ、火種が増えた。
〈ドイツ〉
欧州における今年の政局の目玉はドイツだ。2005年11月から首相の座にあるアンゲラ・メルケルが今年9月に政界を引退するためだ。
メルケルには後継者がいた。与党キリスト教民主同盟(CDU)の現党首であるクランプカレンバウアー女史である。しかし、クランプカレンバウアーは政治的手腕の拙さを露呈して求心力を失い、昨年2月に党首を辞任する意向を表明した。
CDUの新党首選びはコロナ禍のために延期され、今週末1月16日にオンラインで行われる。メルツ(元下院院内総務)、ラシェット(ノルトライン・ウェストファーレン州首相)、レトゲン(元環境相)という3人の争いだが、正直、誰がなってもパッとしない。姉妹政党であるキリスト教社会同盟(CSU)のゼーダー党首を含め、新しく選ばれるCDU党首以外を首相候補とする案すら囁かれている始末だ。
いずれにせよ、9月には連邦議会選挙が行われる。コロナ危機におけるメルケルの指導力発揮が評価され、現時点におけるCDUの支持率は堅調である。しかし、そのメルケルは9月の選挙には出ない。選挙結果を見通すのはまだ早すぎよう。現時点で支持率第2位の「緑の党」が連立入りするか、コロナ禍が拡大する中で支持率を落とした右派政党「ドイツのための選択肢(AfD)が息を吹き返すかも注目される。
第二次世界大戦後、ドイツは(評価は分かれるかもしれないが)指導者に比較的恵まれてきた。東西統一後も、コール、シュレーダー、メルケルというカリスマと政治力を兼ね備えた首相が続いた。そしてドイツの指導者は欧州(EU)をリードする役割も果たしてきた。ポスト・メルケルではこうした構図が崩れるかもしれない。
民主主義の浸食をもくろむ勢力はドイツにもいる。そうした連中にとって、メルケルの退場は絶好のチャンスと映ろう。ドイツ政治が不安定化すれば、2022年にフランスとイタリアで行われる大統領選にも大きな影響を及ぼす可能性が高い。
2021年も〈生やさしい〉年にはなりそうもない。気を引き締めて世界や日本を観察し、AVP を出し続けていこうと思う。
[i] WHO Coronavirus Disease (COVID-19) Dashboard | WHO Coronavirus Disease (COVID-19) Dashboard
[ii] 中国シノバック製コロナワクチン、ブラジル治験の有効性50.4% | ロイター (reuters.com)
[iii] State Councilor and Foreign Minister Wang Yi Gives InterviewTo Xinhua News Agency and China Media GroupOn International Situation and China’s Diplomacy in 2020 (fmprc.gov.cn)
[iv] » 「トランプ 対 中国」から「米国 対 中国」へ|一般財団法人 東アジア共同体研究所 (eaci.or.jp)
[v] https://www.amazon.co.jp/%E7%B1%B3%E4%B8%AD%E6%88%A6%E4%BA%89%E5%89%8D%E5%A4%9C%E2%80%95%E2%80%95%E6%96%B0%E6%97%A7%E5%A4%A7%E5%9B%BD%E3%82%92%E8%A1%9D%E7%AA%81%E3%81%95%E3%81%9B%E3%82%8B%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E3%81%AE%E6%B3%95%E5%89%87%E3%81%A8%E5%9B%9E%E9%81%BF%E3%81%AE%E3%82%B7%E3%83%8A%E3%83%AA%E3%82%AA-%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%82%BD%E3%83%B3-ebook/dp/B076BLPCW3/ref=tmm_kin_swatch_0?_encoding=UTF8&qid=&sr=
[vi] クリーンネットワークとは? 中国をネットから排除する5つの取り組み。ポンペオ国務長官が挙げる | ハフポスト (huffingtonpost.jp)
[vii] RIETI – 中国の新たな発展戦略となる「双循環」― 「国内循環」と「国際循環」の相互促進を目指して ―
[viii] https://www.eaci.or.jp/archives/avp/175
https://www.eaci.or.jp/archives/avp/92
[ix] 9781464816123-Ch01.pdf (worldbank.org)
[x] World Economic Outlook (October 2020) – General government gross debt (imf.org)
[xi] jp201223.pdf (mizuho-ri.co.jp)
[xii] » ネット・フェイク病の蔓延と民主主義の危機~民主主義考2020s①|一般財団法人 東アジア共同体研究所 (eaci.or.jp)
[xiii] 米議会襲撃 65日間の危険信号 – BBCニュース
[xiv] https://joebiden.com/americanleadership/
[xv] » 米中関係注意報~中国とのイデオロギー対立を前面に出して「有志連合」を呼びかける米政権 |一般財団法人 東アジア共同体研究所 (eaci.or.jp)