東アジア共同体研究所

尖閣問題を考える~その3. 日中共同管理の提案

Alternative Viewpoint 第14号

2020年11月3日

尖閣問題の解決、という時、日本にとって最も望ましいのは、尖閣支配に対する日本の支配を確立し、中国(や台湾)に手出しのできない状態を作り出すことである。自民党国防議連が尖閣諸島の実効支配を強化するための提言を行ったのも、そうした観点に基づくものであろう。本来なら、「その意気やよし」と言ってあげたいところだ。しかし、10年かそこら、遅かった


 AVP
 第12号と第13号で論じたとおり、日本政府が今、魚釣島に灯台や船溜まりを建設するといった実効支配強化策を実行すれば、日中間で武力衝突が起きる可能性が相当に高い。日中が武力衝突すれば、米軍介入の有無や勝敗の如何にかかわらず、日本が様々に大損害を被ることは避けられない。絶海の孤島のために冒すべきリスクを明らかに超えている


 だが、今の日本政府のように無為無策を続けていても、中国は徐々に日本の主権を侵食してくる。いつかは日中の主権要求が露骨にぶつかり、やはり武力衝突に至る可能性がある。日中の国力の将来的な成長軌道を比較すれば、時間がたつほど、情勢は日本に不利となると考えざるを得ない。


 「尖閣問題を考える」と題した3回シリーズのAlternative Viewpoint も今回で最終回を迎える。本稿では、尖閣問題の解決方法について〈実効支配を強化する以外の選択肢〉について考えてみたい。日中の現在及び将来の力関係を考慮すれば、日本が〈勝つシナリオ〉に選択肢を絞らず、〈引き分けに持ち込むシナリオ〉も含めて検討することが必要である。


領土問題の存在を認める

AVP 第12号で外務省のホームページの引用を載せたが、尖閣諸島について日本政府の公式の立場は「領土問題は存在しない」というものだ。しかし、それが建前に過ぎないことは、日本以外はもちろん、ほとんどの日本国民も自覚している。

領土問題がまったく存在しないのなら、日本政府が「原則として政府関係者を除き、何人も(尖閣への)上陸を認めない」(10月16日、加藤勝信官房長官)理由はない。日本政府関係者ですら、尖閣諸島へ上陸することは長らく――2012年以来か?――控えているはず。要するに、実効支配していると言いながら、灯台一つ建てられない、というのが現実だ。

一方で、中国公船は連日、尖閣周辺の接続海域や領海に入域・侵入を繰り返す。日本側はそれに退去を呼びかけるのみ。日本政府は「尖閣諸島が日本の領土であることについて国際社会の理解と支持を深める」として国際広報の強化を喧伝している。だが、こうした現実を前にして少しホームページをいじったところで効果などあるものか

日本政府は尖閣諸島に関し、領土問題が存在することを認めざるを得ないと覚悟を決め、その解決に向けて中国と協議すべきだ。上述のような実態に鑑みれば、領土問題の存在を認めたところで、日本が実質的に失うものはない

ただし、日本政府が領土問題の存在を公式に認めることはそれ自体が中国に対する大きな〈カード〉となる。どこで切るのが最も有効なタイミングかは外交の最前線に立つ人を信頼して任せるしかない。


領土問題解決の選択肢~5つの類型

尖閣を領土問題と認めたうえでその解決を図ると言っても、具体的には何をめざすのか? その答を得るための出発点として、本節では〈領土問題の解決として一般的に考えられる5類型〉を概観する。

①  放置

予見しうる将来、当該領土問題の解決が不可能であると関係国が悟り、暗黙裡に現状維持を認め合うこと。「放置」と言えば聞こえは悪いが、領土問題をめぐって戦争に訴えたり、外交関係を悪化させたりするよりはマシだと考えるのも一つの知恵である。

比較的最近までの尖閣諸島がこの事例にあたっていた。日中国交回復や日中平和友好条約締結に当たり、当時の田中角栄首相と周恩来首相、園田直外相(福田赳夫首相)と鄧小平副首相は「尖閣諸島の領有権問題の解決は将来世代に任せる」という、尖閣〈棚上げ〉論で了解に達したと言われる。

当時の中国は明確に発展途上国だった。1980年代の中国のGDPは米ドル換算で日本のざっと4分の1から6分の1。中国は逆立ちしても尖閣諸島に手を出せなかった。中国側が「日中間の国力の差を考えて時間を稼ぎ、当面は日本から経済協力を引き出す方が得策である」と計算したであろうことは容易に想像できる。一方、ニクソン訪中ショックを受け、当時の日本政府にとって日中国交正常化は至上命題だった。当時、日本国内には中国に対する贖罪意識も強かった。国力の圧倒的格差もあり、田中も園田も〈中国には言わせておけばよい〉と鷹揚に構えたのではないかと想像する。

その後――沖縄返還に伴い、尖閣諸島の施政権が米国から返還された時期とおおよそ符合する――、日本政府が魚釣島に施設を建設したり警察を駐屯させたりするような実効支配強化策に乗り出すことはなかった。内閣官房領土・主権対策企画調整室がまとめた『尖閣諸島』という小冊子を見ても、「尖閣諸島の有効な支配」の具体例として挙げられているのは、1979年に沖縄開発庁が行った学術調査が最後だ。[i] 日中は「あうん」の呼吸で尖閣問題を〈放置〉したと言ってよい。

1982年、アルゼンチンは英領フォークランド(マルビナス)諸島に侵攻し、大西洋を渡ってきた英国艦隊と戦った。結果的にアルゼンチンが敗北し、ガルチェリ大統領は失脚。しかし、アルゼンチンが領有権の主張を取り下げることはなく、その後も両国間で領有権問題は棚上げされた。これも「放置」の一種とみなしてよい。

「放置」は領土問題の〈解決〉と言うよりも、領土問題の〈制御〉と言うべきものだ。他の解決方法に比べ、安定が崩れやすい、のが弱点である。

今日、中国は国力を十分につけた。中国のGDP(米ドル建て)は日本の約3倍に達する。中国の公船が尖閣諸島の接続水域に入ることが日常茶飯事となった。若い世代には田中角栄や鄧小平を知らない人も少なくない。「日本が静観していれば、中国はこれ以上の挙には出ない」と言っても、それを信じる日本人は少ないだろう。逆に、「釣魚島が中国の領土であることは明らかであり、日本に遠慮する必要などない」という意見が中国内で増えるのは自然の成り行きであろう。もはや、尖閣問題の管理手段として「放置」は賞味期限切れになった、と言わざるをえない。

②  既成事実化

当該領土について実効支配を確立・強化することである。最もハードな形態は戦争や軍事占領だ。ソ連は1945年8月から9月にかけて北方領土に軍事侵攻した。住んでいた日本国民は帰国し、ソ連の実効支配が確立して今日に至っている。2014年にロシアが軍隊を派遣し、クリミアを併合したことも記憶に新しい。イスラエルもヨルダン川西岸、ガザ、ゴラン高原の軍事占領、入植、併合を漸進的に進めている。

既成事実化は竹島でも着々と進んでいる。1952年、韓国は李承晩ラインを設定して竹島を韓国側水域に含め、翌年に民兵組織を使って同島を占拠した。その後も韓国は、警備隊等の常駐、灯台・ヘリポート等の建設、民間人の居住を着々と進め、2005年以降は韓国人が観光目的で往訪することも可能にした。韓国海洋警察庁・海軍が周辺海域を監視しているため、日本側は(武力衝突を覚悟しない限り)接近も叶わない。

 自民党国防議連も尖閣諸島の実効支配強化策を提言したが、その多くは「既成事実化」の範疇に入る。それ自体は軍事占領のようなハードなものではない。だが、強行すれば日中間で軍事衝突に至る可能性が相当に高い。逆に、中国が尖閣の領海や接続水域に公船を連日派遣し、時には日本漁船や中国漁船の取締り等を行おうとしている。中国が南シナ海で進めている「既成事実化」に比べて圧倒的に弱いものではあるが、これも中国側による「既成事実化」の追求と考えられる。

日中両国は、海上では海保と海警が「実力行使まではしない」という(暗黙の)申し合わせに従ってギリギリの牽制を繰り返す一方、島嶼部の陸上部分には手をつけないという〈暗黙の了解〉に従ってきた。日本が釣魚島に建造物を建てる等の実効支配強化策を実行すれば、AVP 12号で述べたように日中が武力衝突する可能性が高い。中国が同様のことをしようとすれば、日本側も妨害・排除にかかるはずである。

尖閣の場合、既成事実化という選択肢を突き詰めていくと、日中ともに武力衝突、そして最悪の場合は戦争を覚悟する必要がある。よほど愚かでなければ、解決策とはならないはずだ。

③  分割

文字通り、当該領土を当事国間で分けて支配することだ。係争中の領土が分割される場合、現実的なのは〈現状の追認〉だ。つまり、当事国がそれぞれ実効支配している領域に対して主権を認め合うのである。

1989年5月、中国とソ連は東部国境協定に署名した。清朝以来、両国は東部国境をめぐって争ってきた。1969年には両国が衝突して約300人の犠牲を出し、ソ連が核攻撃の脅しをかけるまでに緊迫した。協定ではアムール、ウスリー、アルグン川の中間線を国境とし、島や中洲についてはほぼ折半することが決まった。この時積み残した黒瞎子島(大ウスリー島)の帰属も、2006年にロシアが占領地域の半分を返還して決着を見た。これを以って中露間に領土問題は事実上、なくなった。

中国は1991年から2004年までの間に、ブータン、ラオス、ベトナム、カザフスタン、キルギスタンとの間でも陸上国境を画定させている。いずれの場合も、当事国のどちらかが係争地を全取りするのではなく、分割する形をとった。しかも、中国はすべての交渉において従来主張していた領土要求の半分以上を放棄している。

尖閣の場合はどうか? 少なくとも建前上、尖閣諸島の全域を実効支配していると主張している日本にとって、分割は「引き分け」ではなく「敗北」を意味しかねない。しかも、中国側には目立った〈既得権〉がない。日本側にとって政治的なハードルは高い。

実務的にも、尖閣諸島は分割しづらい。何よりも、尖閣諸島は分割するには小さすぎる。総面積で5.53平方km。最大の魚釣島が3.81平方km(東西3.5km、南北1.3km)、2番目の久場島(米軍の射爆場)は1平方kmに及ばない。魚釣島を日中のどちらが取るかで揉めることは明らか。かと言って、全島を一つずつ折半するのも間が抜けている。

④  国際裁判

理屈の上では、尖閣の領有権問題を国際司法裁判所(以下、ICJ)に持ち込んで決着を図るのが最も〈綺麗〉だろう。

ICJを通して領土紛争を解決した事例はいくつもある。例えば、シンガポールの東方、マレーシアの南東方向の海上にあるペドラ・ブランカ島(マレーシア名はバトゥプテ島)等。両国政府はその帰属をICJに委ねるという特別協定に調印、2005年に裁判が始まった。2008年8月に出された判決は、ペドラ・ブランカ島についてはシンガポール、その南方の岩礁についてはマレーシアの主権を認め、最南端の岩礁については(インドネシアも絡むことから)判断を先送りした。シンガポール政府とマレーシア政府はそれぞれに不満を述べつつ、判決を受け入れた。双方が両国関係に刺さった棘を抜くことを最優先した結果である。

目をカリブ海に転じる。同じ頃、コロンビアとニカラグアはサンアンドレス島などの島嶼とその周辺海域の帰属をめぐって争い、戦争の脅しが飛び交うまでになっていた。2001年12月、ニカラグアはコロンビアの同意を得ないままICJに提訴した。両国が加入する「平和的解決のための米州条約」はICJの管轄権受諾を義務付けていたため、審理が始まる。2012年11月にICJが出した判決は、コロンビアにサンアンドレス島やプロビデンシア島など、約8万人が住む島嶼部の領有権を認める一方、周囲の海域についてはニカラグアに帰属するとした。ただし、双方に不満が残ったうえ、周辺海域で石油の埋蔵が見つかったこともあり、両国間の領土問題は今もくすぶっている模様だ。

では、尖閣の領有権問題をICJに持ち込むというアイデアはどうか? 

繰り返しになるが、日本政府の立場は「日本が尖閣諸島を実効支配しており、そもそも領土問題など存在しない」というもの。比較的最近まで、日本の実効支配が弱かったとは言え、中国に挑戦されるような事態でもなかった。尖閣問題をICJで解決するという発想を日本側が持たなかったのは当然である。中国側も、国際法廷の管轄を認めること自体に消極的なためか、あるいは裁判での不利を自覚しているためか、これまでに尖閣問題をICJへ持ち込もうと言ってきたことはない

尖閣問題をICJで審理するための手続きはどうか? 日本はICJの強制管轄権を受諾する(ただし、留保事項あり)と既に宣言している。したがって、問題となるのは中国の意向である。しかし、上述のように中国側はICJへの提訴に消極的なように見える。

国際司法の世界は国内と違い、当事者が判決に従う意思を持っていなければ、拘束力の点で曖昧なところがある。ニカラグアとコロンビアの顛末もそのことを示唆している。それでも、中小国は基本的には判決に従うと思ってよい。だが、大国は時に横暴だ。1986年、ニカラグアへの軍事侵攻をめぐってICJは米国に賠償を命じたが、米国は履行していない。領有権を直接争ったものではないが、2013年にフィリピンは国際海洋法条約に基づいてハーグ(オランダ)の国際仲裁裁判所に中国を提訴した。2016年7月、裁定が下り、中国側の主張はその大半が否定された。中国はこの裁定を事実上無視したどころか、逆に南シナ海の軍事基地化を加速した。米国も中国も判決や裁定の不履行に対して制裁措置は科せられていない

中国やロシアは大国であり、国連安保理常任理事国でもある。安保理で拒否権を持つため、ICJの判決を履行しなくても制裁を受ける心配はない。よしんば相手がICJへの付託に応じたとしても、我が方に有利な判決が出た時には開き直られ、判決不履行の憂き目にあうリスクがかなりある。

⑤  共同統治

戦争等によって勝者が全取りするのでもなく、分割でもなく、領土問題を解決するための妥協の一形態として「共同統治」というものがある。同じ領域に対して複数の国家が主権を認め合うことだ。一瞬、夢物語のように思えるかもしれない。だが、調べてみるとそうでもない。

歴史上、実例はいくつもある。キプロスは688年から965年までの間、ビザンツ皇帝とアラブ系カリフによって共同統治されていた。オランダの北海沿岸に位置するフリースラントも、12世紀から15世紀までホランド伯とユトレヒト司教が共同統治した。近代以降では、ニューヘブリデス諸島。1980年にバヌアツ共和国として独立するまでの74年間、英仏の共同統治下に置かれた。住民は英国とフランスのどちらの法制度の下で暮らすかを選択できた。実権は英国が握っていたものの、スーダンも1899年から1956年までの間、英国とエジプトが共同統治した。

日本に関係するところでは、樺太(サハリン)がある。1955年に日露和親条約で日露混住の地と定められ、1875年に樺太・千島交換条約が締結されるまでの間、国際法上は日露両国による共同統治下にあった。

共同統治は過去の話、というわけでもない。例えば、フランスとスペインの国境に位置するフェザント島は1659年にピレネー条約で両国の共同統治領となり、現在に至る。ドイツとルクセンブルクは1984年に国境条約を結び、モーゼル川と支流の水域を共闘主権領域とした。世界を見渡せば、オマーンとアラブ首長国連邦が共同管理するマスフットなど、共同統治の例はまだある。

興味深いのは英領ジブラルタルだ。スペイン継承戦争(1701~1714年)以来、英国とスペインがその領有をめぐって争ってきた。当初、スペインは武力で同地を奪回しようとした。1969年から1985年まで経済封鎖を実施したこともある。その後、2002年に突如、両国政府はジブラルタルの共同統治で大筋合意した。ところが、ジブラルタルで実施された住民投票で98%が反対票を投じ、その共同統治案は立ち消えに。英国がEU離脱を決めた後、スペインは再び共同統治案を進めたい意向を持っている。

ほかには、イスラエルとパレスチナ双方が首都とみなすエルサレムの帰属問題について、共同統治こそが有力な解決策だと主張する専門家もいるようだ。


尖閣諸島の日中共同管理

日中のパワーバランスは今後も日本の不利に傾くだろう。このままでは尖閣諸島を安定的に保持することはますます困難になる。しかしながら、今さら日本が尖閣諸島に対する実効支配を強化することは極めてリスキーだ。であれば、尖閣諸島の主権問題を日中間の争点でなくすという発想を持つことこそ、日本にとって最も賢明な選択ではないのか。

≪共同管理のイメージ≫

その際、最も有望なのは共同統治だと私は考えている。詳細は両国の専門家が詰めればよい。私のイメージはざっと以下のようなものだ。

〇 最初から共同統治が可能であれば、それもよし。むずかしければ、当面は主権の問題に立ち入らず、日本は日本領、中国は中国領という扱いのまま、政府間で協定を結んで共同管理を行う。

〇 日中政府間で尖閣諸島共同管理委員会を設置し、日中対等の原則に基づいて運営する。島内での活動はすべて委員会の承認を得なければならない。

〇 尖閣諸島及びその周辺海域とその上空は非武装地帯とし、共同管理委員会の承認がない限り、自衛隊も中国軍も立ち入ることができない。


〇 灯台、船溜まり等を日中共同で整備する。出資額や維持・補修のための人員は日中同等とする。


〇 周辺の漁業については、漁獲高等に関する日中の協定に従う。両国間で取り決めるまでの間は禁漁とする。

 誤解のないように言っておくが、私が重きを置くのは共同「管理」であり、共同「開発」ではない
 北方領土には既にロシア人が住んでおり、日露の共同開発によって相互利益を積極的に作っていくという考え方にも一理ある。しかし、尖閣諸島は絶海の無人島だ。漁業資源は多少あるにしても、基本的に商業的価値はない。周辺海域に石油埋蔵の可能性も指摘されるが、埋蔵量と採掘コストを考えれば、手を出してどうにかなる代物ではない。残るはせいぜい観光だが、下手に現地を開発すれば、日中間で対立の芽を生まないとも限らない。おかしな言い分に聞こえるかもしれないが、尖閣の場合、価値のないことこそが共同管理、共同統治を成功させるための鍵を握る


≪米国と整理すべきこと≫

 読者の中には「米国は尖閣諸島の日中共同管理を認めるだろうか?」と心配する向きもあるかもしれない。しかし、これは米国に〈お伺い〉を立てなければならないような事柄ではない

それに、今は米国でも米中対決宿命論者が増えてきたものの、米国が日中の不毛な対立に巻き込まれることを懸念する者も決して少なくない。そうした人々にとって、尖閣諸島の日中共同管理は決して悪い案ではあるまい。2013年2月、クリントン政権で国防次官補等を歴任したジョセフ・ナイは、尖閣問題に関して当時Economist 誌に載った提案を全面的に支持すると述べ、①中国政府は公船を日本の海域に送るのをやめ、日本政府との間に危機管理のためのホットラインを開設する、②2008年の東シナ海ガス油田開発の取り決めを復活させる、③日本政府は尖閣諸島を国際管理区域と宣言し、居住も軍事活動も禁止する、ことに賛意を示していた。[ii]

米国との間では、尖閣諸島を共同管理した場合の日米安保条約第5条との関係を整理しなければなるまい。焦点は、共同管理となった尖閣諸島を米国が引き続き「日本国の施政の下にある領域」と認めるかどうかである。

もう一つ、久場島・大正島に対する米軍射爆場指定を今後どうするか、も問題となる可能性がある。米軍は久場島・大正島での射爆を40年以上実施していない。しかし、今の米中関係を考慮すると米側は射爆場指定の継続にこだわるかもしれない。


台湾との調整を含め、面倒なことは山ほどある。それでも、日中共同管理にはトライする価値がある、と私は思う。

≪中国の出方≫ 

中国は日中共同管理に乗ってくるだろうか? 確かなところはやってみなければわからない。しかし、箸にも棒にも掛からない話ではないだろう。

2013年6月、王毅外相(当時)は「領土主権と海洋権益を巡る争いは、解決させる前に問題を棚上げし、共同開発することが可能だ」と述べている。[iii] 当時に比べて日中間のパワーバランスはますます中国優位に傾いている。ただし、米中対立の激化という国際政治の地殻変動により、中国は日本との関係を維持・改善することに神経を使うようになっている。そこにうまく付け込めば、チャンスはある。

なお、中国は交渉の過程で「尖閣諸島国有化の見直し」を求めてくるかもしれない。原則論として言えば、中国も1992年に尖閣諸島(釣魚島)を中国領と法定しており、日本だけが文句をつけられる筋合いではない。ただし、外交の取引上、日本に有利となることが別にあるのなら、「政府の下の公的な機関の所有に移す」ところまでは譲歩してやってもいい。なお、尖閣諸島を民間の所有に戻せば、誰が所有するかによって尖閣の将来が不透明になる。第二の石原慎太郎が現れないとも限らないため、これは呑めない。


おわりに

 トランプ政権が散々にこき下ろしたおかげで、対中〈関与〉政策は散々に批判され、失敗の烙印を押されたかに見える。しかし、トランプのケンカ・ディールを含め、対中政策で「これなら間違いない」というようなものは存在しない。結局のところ、対中政策は「抑止と関与の二本立て」で行くしかない。ものすごい高得点は期待できなくても、他の政策よりはマシである。

 今回、AVPで取り上げたのは、「尖閣諸島を日中で共同管理する」という関与策である。いくら中国の方が軍事強国であっても、戦争が起きなければ、日本が本当の意味で困ることはない。今日、日中が戦うリスク・シナリオを敢えて挙げれば、①尖閣有事、②東シナ海ガス油田開発に関わる衝突、③台湾有事への巻き込まれ、の3つであろう。日中が戦うリスクが比較的大きく、日本として主体的に解決に動ける尖閣問題を解決できれば、日本の安全保障環境は大いに改善する。

 尖閣諸島を日中で共同管理するという場合、最大の障害は日本国内で支持を取り付けることかもしれない。幸いにも、間もなく赴任する中国大使は外務省には珍しいほどの〈曲者〉だと言う。彼の考え方はまったく知らないが、最前線の布陣としては最強となろう。あとは本営の心構えが問われる。激化する米中対立の中、日本の立ち位置をどう考え、中国と向き合うのか? それは同時に、米国との向き合い方を考えることでもある。


[i] https://www.cas.go.jp/jp/ryodo/img/data/pamph-senkaku.pdf

[ii] https://www.the-american-interest.com/2013/02/12/our-pacific-predicament/[iii]https://www.nikkei.com/article/DGXDASDE27006_X20C13A6PP8000/

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