Alternative Viewpoint 第12号
2020年10月28日
はじめに
今年、10月26日までの300日間で中国公船が尖閣周辺の接続水域(約44.4㎞)に入った日数は276日――そのうち、領海内にまで侵入した日数は24日――に及ぶ。目も当てられない数字だ。10月12日には中国海警局の公船2隻が尖閣諸島周辺の日本領海(約22.2㎞)を侵犯し、57時間にわたって留まった。これが民主党政権下であったなら、自民党はもちろん、左右を問わず多くの国民が政府を叩きまくっていたに違いない。
そうした中、自民党国防議員連盟は9月23日に加藤勝信官房長官に宛てて「尖閣諸島の更なる有効支配強化のための提言」を提出した。尖閣諸島の実効支配を強化すると言えば、多くの人は「なるほど」と思うかもしれない。だが、10年か20年遅かった。今、日中のどちらかが島嶼部に手を加える形で実効支配強化策を強行すれば、それがきっかけとなって武力衝突に至る危険性が非常に高い。武力衝突がエスカレートすれば、率直に言って日本が勝てる可能性は小さい。
これまでのAVP(第6号から第10号)では防衛予算、激化する米中関係、米軍の新戦略等をテーマに取り上げ、米国の新しい軍事戦略が日本の防衛体制や日中関係に大きな影響を与えるであろうと論じてきた。この厳しい状況下で日本にできること、やるべきことは何か? もちろん、防衛体制の整備は不可欠だ。しかし、これから日本を襲う国際政治の大波は、それだけでどうにかなるほど、生やさしいものではない。
本号を含む3本のAVPでは、日中が武力衝突する原因を取り除くという視点に立ち、尖閣問題を本気で論じる。
尖閣諸島の現況~揺らぐ実効支配
最初に、尖閣諸島に関する現在の日本政府の立場をおさらいしておこう。以下の記述は外務省のホームページから抜粋したものだ。
尖閣諸島が日本固有の領土であることは歴史的にも国際法上も明らかであり, 現に我が国はこれを有効に支配しています。したがって,尖閣諸島をめぐって解決しなければならない領有権の問題はそもそも存在しません。
私は尖閣諸島の領有権は日本にあると固く信じている。しかし、「尖閣諸島の領有権が日本にある理由」を本稿で云々することはしない。その種の議論は別な場所で様々に行われているだけでなく、筆者の関心が「べき論」を振り回すことよりも現実を見ることにあるためだ。
尖閣諸島の現実が外務省のホームページに書いてあるとおりであれば、自民党国防議連もわざわざ提言をまとめる必要などなかったであろう。言うまでもなく、尖閣諸島の領有は日本だけではなく、中国や台湾も主張している。同盟国である米国ですら、尖閣の領有権が日本にあるとは決して言わない。2012年9月、日本政府は魚釣島、北小島、南小島を購入し、久場島以外はすべて国有とした。だが、それによって日本の領有権に対する国際的な認知が進んだという事実はない。ちなみに、中国は1992年に領海法を制定し、尖閣諸島(中国名:釣魚島)が中国の領土であると明記している。
それでも、以前の日本には切り札があった。北方領土や竹島とは異なり、尖閣諸島は日本のみが実効支配しているという事実のことである。
私の回想を少しだけ紹介させてもらいたい。2010年秋、菅(かん)政権の時に尖閣諸島の領海に侵入した中国人船長が公務執行妨害等で逮捕される事件が起きた。その際の混乱収拾の一環として、当時内閣官房専門調査員と民主党職員を兼ねていた私は細野豪志 民主党衆議院議員――今は自民党会派に属しておられる――に同行し、戴秉国国務委員との会談に臨んだ。ネットとかを見るとその時のことについて根も葉もないことがたくさん書いてあるようだ。実際には、細野さんも私も愚直なほど、先に紹介した日本政府の公式見解に基づいて中国側と議論した。あの頃、日本のみが尖閣諸島を実効支配していることには一片の疑いもなかった。当時、中国公船による領海侵犯はほとんどなかった。中国人船長を逮捕したという事実が日本の実効支配を何よりも如実に証明していた。だからこそ、私たちは突っぱねるべきは突っぱね、東京へ戻った。
あれから10年たった。今はどうか? 尖閣諸島に対する日本の実効支配も最近は中国に侵食されてきた――。そう言わざるを得ない。少なくとも、「日本のみが実効支配している」という言い方は段々しづらくなってきている。下記のグラフを見れば、尖閣国有化以降、中国公船による領海侵犯と接続域への侵入が増加し、安倍政権期を経て常態化したことが一目瞭然であろう。[i]
※ グラフ化されていないが、今年10月は25日までで接続水域への入域が延べ78隻、うち領海侵入が延べ8隻となっている。
しかも、日本側は中国公船の行動に対し、基本的には退去を呼びかけるだけである。最近は、中国公船が日本漁船を追って領海内に入る事態も散見されるようになった。中国公船が日本漁船(または中国漁船)を取り締まるようなことがあれば、中国側が警察権を行使したことになって実効支配を主張する根拠に使われることだろう。
断っておくが、海保はよく頑張っている。報道ではどうしても中国公船の活動にばかり焦点が当たるが、総体としては日本による実効支配の方にまだ分がある、と言ってよいだろう。しかし、日本は――中国も同様だが――尖閣諸島への上陸すら憚られるのが実情。実効支配と言っても、実態は〈弱い〉。それすらも徐々に中国側に侵食されてきている、というのが現状である。
実効支配の強化は手遅れ・・・
では、日本はどうするべきなのか? 実効支配が弱いなら、強化すればよい、と考えるのは理の当然であろう。問題は、それが可能かどうか、だ。
≪自民党議連の尖閣実効支配強化案≫
9月23日、自民党国防議員連盟が加藤勝信官房長官に「尖閣諸島の更なる有効支配強化のための提言」を提出した。(外務省に習ったのか、「実効」支配ではなく「有効」支配という用語を用いている。)その骨子は以下のようなものである。[ii]
防衛省と台湾防衛当局との意思疎通、自衛隊による下地島空港の利用等も刺激的だが、尖閣諸島に手を加えるものとして、次のような項目が入っている。
〇尖閣諸島への灯台・無線局の設置
〇尖閣諸島における避難港・船溜まりの整備
〇魚釣島における遺骨収集及び慰霊祭の実施支援
〇尖閣諸島における生物実地調査
〇久場島での固定資産税に係る実地調査
〇尖閣諸島を含む南西諸島で自衛隊単独及び米軍との共同訓練の実施
≪実効支配強化策を実行すればどうなるか?≫
ソ連は終戦直後に北方四島を軍事占領した。韓国は1952年に李承晩ラインを設定して竹島を韓国側水域に含め、翌年には民兵組織を使って同島を占拠した。それに比べれば、自民党国防議連が尖閣の実効支配を強化するために行った提言は〈かわいい〉ものだ。
ソ連や韓国の行動は、当時の日本が抵抗できないことを見越して行われた。今日、日本が尖閣諸島の実効支配を強化しようと言う時、相手は中国である。総合的な国力では日本よりも上、と言わざるを得ない。仮に日本が魚釣島に何かを建造しようとすれば、中国はそれを黙って見ているだろうか? そんなことをすれば、中国国民の怒りは中国共産党指導部に向く。中国の指導部が最も嫌がることだ。であれば、中国は日本側の行動を妨害する可能性が高い、と見ておかねばならない。中国側が逆のことをやろうとすれば、いくら日本政府だって黙って見過ごすことはできないはず。
墨俣の一夜城ならともかく、灯台にせよ、船溜まりにせよ、魚釣島に建造物を構築しようと思えば、一定の時間がかかる。計画も必ず事前に漏れるし、メディア等はお祭り騒ぎで報じる。衆人環視の中、日本側は資材を船で運んだり、人を船やヘリで運んだりしなければならない。
これが20世紀であれば、日本が尖閣諸島に何らかの建造物を作ろうとしても、中国側にそれを排除する能力はなかった。中国公船の船体や装備は海保よりも大幅に劣っていた。中国本土の母港を出て尖閣諸島近辺に展開することは、航続能力の面からも、補給能力の面からも、無理だった。海軍・空軍力についても基本的には同じことが言えた。
今は違う。海警の巡視船は大型化・重武装化が進み、毎日のように尖閣諸島周辺海域でパトロールを実施している。もちろん、公船の背後(海上、海中、上空)には中国軍が控え、中国大陸では地上配備中距離ミサイルが日本列島全体を射程に入れている。日本が尖閣諸島に建造物を構築しようとした時、今の中国にはそれを妨害できるだけの能力がある。
日中の衝突が海保と海警の間でとどまれば、まだよい。海保と海警の衝突がエスカレートすれば、自衛隊と中国軍が介入する事態もあり得る。米軍の動きも関係してくるが、日中が戦えば日本が中国を圧倒して戦闘が終わるシナリオを想定することはむずかしい。魚釣島に建造物を構築するという所期の目的を達成できないことは言うまでもない。
尖閣諸島における米軍との共同訓練については、何よりも米軍が躊躇するだろう。自衛隊が単独で(あるいは米軍が同意して日米共同で)尖閣諸島を使った訓練を行った場合には、中国軍が妨害行為に及んで両軍が衝突する可能性も否定できない。あるいは中国側は、自衛隊(または自衛隊と米軍の)訓練自体は敢えて見過ごし、後日改めて尖閣諸島を使ったより大規模な訓練に打って出るかもしれない。日本がそれを阻止しようとすれば、日中戦争となっても不思議はない。
このように、尖閣諸島の島嶼部に建造物を構築したり、警察や自衛隊等を駐在させたりする形で日本が実効支配を強化しようとすれば、日中間で武力衝突を招く危険性が非常に高い。つまり、尖閣の実効支配強化策を検討するためには、日中戦争の検討が不可欠、ということだ。自民党国防議連がそんな検討を真面目に行っているとは考えづらい。
日中が尖閣をめぐって武力衝突したら一体どうなるのか? それについてはAVPの次号で考えよう。
[i] https://www.kaiho.mlit.go.jp/mission/senkaku/senkaku.html